IDEA

団地の介護から始まるニュータウン再生
——藤沢市 看護多機能居宅介護「ぐるんとびーホーム」

Writer:Yuko Shibata

神奈川県藤沢市大庭のニュータウンに、239戸からなる大型団地があります。その一室に、看護小規模多機能型居宅介護(以下「看多機」)「ぐるんとびーホーム」が開設されたのは、2015年のことでした。

この事業を手がけているのは、株式会社ぐるんとびーです。ぐるんとびーは、大庭を拠点に介護事業を行うだけでなく、子ども向けの施設や障害のある人のための事業、さらには地域の祭りの運営までを含め、福祉を軸とした多様な取り組みを展開してきました。彼らにとって福祉とは、特定の人を支援するサービスではなく、まち全体を支える営みとして捉えられています。

団地の一住戸を、ほぼそのまま介護サービスの拠点として使う――。このシンプルで大胆な発想は、当時前例がなく、日本で初めての試みでした。

住居である団地で看多機を運営するには、所有者が用途変更の手続きを行う必要があり、それに伴って固定資産税や都市計画税の税率も変わるため、団地側との交渉が欠かせません。また、避難が困難な利用者が多い場合には、スプリンクラーなどの消火設備を整備する必要も生じます。ぐるんとびーはそういった課題を乗り越え、ここに看多機を創設しました。

特別な建築的改修を施すのではなく、もともと「住まい」だった空間を、その延長としてケアの場へとひらく。そんな取り組みは、2025年に10年目を迎えています。

人が減ることで起きる、暮らしの連鎖反応

1993年には9.8%だった全国の空き家率は、2023年には13.8%まで上昇しています。この数値は、住戸全体に対する割合であり、賃貸用の集合住宅も含まれています。さらに、この傾向は地方ほど顕著で、2023年時点で最も空き家率が高いのは徳島県と和歌山県の21.2%となっています。

なかでも団地は、空室化と高齢化が同時に進行しやすい住宅形態だと指摘されています。空室率と高齢化が重なることで、体調不良や孤独死に気づきにくくなるだけでなく、修繕積立金が十分に集まらず、エレベーターや外壁といった共用部分の修繕が滞りがちになります。その結果、 建物の劣化 が進み、新たな入居者からも敬遠されるという 悪循環 が生まれます。

また、空室が増えることで人の気配が薄れ、防犯性も低下します。周辺の商店やサービスが撤退し、日常生活の選択肢が減ることで、普通の暮らしを維持すること自体が難しい居住エリアになってしまうケースも少なくありません。

こうした集合住宅の空室問題は、早い段階で手を打つ必要があります。一度、人が離れきった団地は、居住地としての選択肢から外されやすく、そのイメージを払拭するには大きな時間と労力を要します。だからこそ、空室が深刻化する前の段階で、 暮らしと人の関係をどうつなぎ直すか が、今、強く問われています。

かつてのニュータウンで起きている高齢化

藤沢市大庭[※1]は、遠藤・石川地区とともに「湘南ライフタウン」として位置づけられ、農業との共生や民間企業との協働を新しいまちづくりの指針に掲げ、建築家の黒川紀章によるマスタープランのもと、1972年から1992年にかけて区画整理事業が進められたニュータウンです。

藤沢市内でも、集合住宅の比率が60%を超える地区は限られており、湘南台地区(77.3%)、藤沢地区(64.3%)、そして湘南大庭地区(60.8%)の3地区のみとなっています。さらに湘南大庭地区[※1]は、隣接する善行地区と並び、「営・都市機構・公社の借家」が全体の1割を超えるという特徴を持つ地区でもあります[※2]。

このニュータウンでは、昭和50年代に入居した世代とその子ども世代が多く、近年、急速な高齢化が進んでいます。2003年の人口は32,089人、2023年は32,124人と、人口規模自体はほぼ横ばいで推移していますが、65歳以上の高齢化率は9.7%から33.0%へと大きく上昇し、藤沢市内でも最も高い水準となっています[※3]。

湘南大庭地区[赤破線]の地図(国土地理院の地図をもとに柴田木綿子建築設計事務所作成)
最寄りの善行駅からは約4km離れている

また、湘南大庭地区は最寄り駅からバスで約10分を要する立地で、いわば「陸の孤島」とも言える環境にあります。住宅地として計画的に開発された一方で、地域内に飲食店や商店がほとんどないという特徴があります。

高齢化によって生活圏が狭まりがちな高齢者にとって、公共交通を利用しなければ日常生活の質を保つことが難しい――。湘南大庭地区は、そうした現実を端的に体現している住宅地だと言えるでしょう。

※1:「湘南大庭地区」は 藤沢市の中央部に位置する、大庭・辻堂・御所見などをまとめた広域地名で「藤沢市大庭」は字の名称。
※2:令和2年地区別集計結果より(藤沢市HP)
※3:湘南ライフタウン活性化指針より(令和7年策定 藤沢市)

「ごちゃまぜ」の環境を地域に作り出す

ぐるんとびーは、この団地で看多機を運営しているだけではありません。周囲には、彼らが手がける福祉施設が点在しています。少し歩けば 放課後等デイサービス があり、道路向かいには 看多機 に併設された キッズスペース 、さらに 訪問看護ステーション ケアプランセンター も近隣に配置されています。日常のケアが、このエリアの中で完結する環境がつくられています。

看護小規模多機能居宅介護サービスとぐるんとびーホームの違い

加えて、この団地にはスタッフ自身も暮らしています。ぐるんとびーでは、この周辺に住むことを前提にスタッフを採用し、家賃補助を行っています。団地内では、要介護5の高齢者とスタッフが共に暮らすルームシェアも運営されており、スタッフは生活を共にする代わりに家賃の負担がありません。その結果、近隣に居住するスタッフは全体の約7割にのぼっています。

子どものための施設は周囲にありますが、このぐるんとびーホームにも、スタッフの子どもや近隣の子どもたちが訪れます。年齢や立場を限定せず、多様な人が出入りすることが許されています。そこには、ぐるんとびーの介護に対する明確な考え方があります。

ぐるんとびーの入居するUR都市機構パークサイド駒寄団地

株式会社ぐるんとびー代表の菅原健介さんはこう話します。

「利用者さんは、僕たちにとって人生の先輩です。だから『何かを教えてください』とお願いする。子育ての悩みを聞いてもらったり、子どもの相手をしてもらったり。それができないと言われたら、『最期を迎える姿を見せてください』と伝えています。そうやって、利用者さんにも、ここで何かの役割を担ってもらい、『介護する側・される側』という固定した関係性を緩やかにしています。」

実際、この団地では多くの人が住み慣れた住居で看取られてきました。病院で亡くなることが一般的になった今、ここでは団地という生活の場で、その最期を皆が見届けます。
また、介護に関わるスタッフの多くが子どもの施設にも関わり、ごちゃまぜの関係性が作られています。これに関しても、菅原さんはこういいます。

「高齢者に特化せず、スタッフが子どもの立場にも立てる視点を持つため、共生型の事業として運営しています。子供の存在も、コミュニティには重要です。家族のように暮らし、助け合うことで、ケアすることを自分ごととして感じられるようにしたいんです」

高齢者、子ども、スタッフが分け隔てなく関わり合う関係が、この団地の中で静かに育まれていました。

団地内通路

まるでご近所さんに遊びにいくような施設

ぐるんとびーホームは、約250戸からなる大型団地の6階、廊下の突き当たりにある角の一室を使ってつくられています。行き止まりに掲げられた看板は、意識せずとも人の視線を引き寄せ、この場所の存在をさりげなく示しています。

窓側からリビングを見る。奥にはキッチンがあり、料理をするスタッフが見える。

部屋に入ると、一般的な団地住戸の、どこか懐かしいレイアウトがそのまま続いています。特別な造作はなく、ごく普通の住まいです。奥へ進むと、ありふれたリビングの風景が広がります。キッチンではスタッフが昼ごはんの支度をし、リビングでは利用者がくつろぎながら、自然に会話を交わしています。

たくさんの椅子が用意されているリビング奥。天井にはスプリンクラーが外付けされている。

少し離れたスペースでは、男性の利用者が特に何をするでもなく、料理をしているスタッフの様子を眺めています。作業に参加するわけでも、場を離れるわけでもなく、ただその場に居続けています。

既存の間仕切りをそのままにしたリビング。利用者同士の心地よい距離を作ることができる。ここにも天井にはスプリンクラー。

さらに奥の部屋では、横になって休んでいる利用者がいます。静養室のような位置づけですが、そこに壁はなく、空間は区切られていません。人の気配が感じられる中で、利用者は静かに過ごしています。ここにも、ぐるんとびーならではのケアの考え方が表れています。

静養室ともなる部屋。窓の外には大きな公園が眺められる。

菅原さんはこう語ります。

「帰宅して一人になると不安になってしまう方が多いので、ここにいる時間も、あえて少しだけ不安を感じる状況をつくっています。みんなが楽しそうに作業したり話している時もあれば、少し暇そうな時間もありますが、それは意図的です。家に帰れば一人で、誰とも話せない。でも、今はこの場所に人がいる。それで十分でしょう、ということをケアとして行っています」

この施設の利用者は18人、そのうち8人が団地内に住んでいます。利用者の多くは介護度が高く、杖を使いながら一人暮らしをしている人もいます。

まるで家のようなこの空間は、ご近所の家に立ち寄ったかのような自然さがあります。室内はほとんど手を加えられていませんが、浴室前のスロープと安全のためのスプリンクラーだけは設置されています。必要な配慮だけを最小限に加え、暮らしの延長としての「家」の佇まいが保たれています。

バルコニー部分。椅子などを置いてくつろぎスペースになっている。

「当たり前だった暮らしを継続する」ための拠点

このぐるんとびーホームは、拠点のような使われ方をしています。利用者は、ここで過ごすこと自体を目的とするのではなく、ここを起点に外食に出かけたり、海へ行ったりと、かつて日常の中にあった行為を、周囲の協力を得ながら取り戻していきます。必要に応じて自費サービスも活用し、「当たり前だった暮らしを続けること」が大切にされています。

その暮らしの中心にあるのは、あくまで利用者自身の自宅です。ぐるんとびーホームは生活の主役ではなく、日常を支えるための拠点として機能しています。生活が先にあり、支援はその後に続く。その関係性が明確に保たれています。

この点が、従来の看多機に対して抱かれがちなイメージと、ぐるんとびーホームとの大きな違いです。ぐるんとびーの介護は、施設を中心に組み立てられるものではありません。家で一人になったときの不安や、「できない」と諦められがちな個人の希望に寄り添いながら、暮らしを継続することを支えています。そうした生活への自信や楽しさが、「一人で暮らすこと」への不安さえも和らげ、杖を必要としていても独居を選ぶほどの自立心につながっているように感じられます。

こうした考え方があるからこそ、この看多機は「過ごし心地のよさ」を過剰な改装によって演出することをしていません。日常の延長線上にある、ごく当たり前の「家」としての佇まいを保っていることにも、自然とうなずかされます。

団地再生の一つのかたち

この事業を紐解いていくと、単なる先進事例という枠を超え、日本社会が抱える構造的な課題が浮かび上がってきます。人口減少と空き家の増加によって、地域の中で人と人が出会う機会は減り、かつて当たり前のように存在していた互助的な関係や、さりげない見守りの空間は失われつつあります。その結果、介護は家庭や制度の内側に閉じ込められ、コミュニティとの接点を持ちにくいものになってきました。

ぐるんとびーホームは、そうした状況に対する一つの応答でもあります。空きつつある団地の住戸を、再び人の営みが交差する場所として開き直すこと。その実践は、介護のあり方を問い直すと同時に、これからの団地や地域が担いうる役割を、静かに、しかし確かな形で示しています。

実際、この事業が団地の空室に入居したことをきっかけに、団地で暮らすことの価値そのものが変化しました。ぐるんとびースタッフ、利用者、関係者で20部屋以上を借り、スタッフを居住させることで、人の循環を生み出しています。その結果、かつて高齢化率が約90%に達していた団地は、現在では70%まで低下しました。認知症のある住民に対する理解も深まり、不安や誤解から排除されるといった出来事は起きなくなっています。

さらに、全国平均では15.7%にとどまる在宅看取り率が、この団地では100%となりました。空室率も2%まで改善しています。これらの数字は、制度や建物を変えただけでは生まれない、人の関係性が再び編み直された結果だと言えるでしょう。

空き家対策や介護施策として語られがちなこの取り組みは、実は「人が関わり続ける環境をどう取り戻すか」という、より根源的な問いへの実践でもあります。団地という場所に、もう一度人の営みを呼び戻すこと。その積み重ねが、住まいの価値を変え、地域の未来を静かに書き換えていく。その可能性を、この事業は確かに示しています。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。ことととぶきでグッドデザイン賞2024受賞。