RESEARCH

バリアフリーより多様性を受け入れるしつらえを
—高齢者や障害者を元気にする共生型「はたらくデイサービス」

Writer:Yuko Shibata

青森県八戸市を拠点に介護デイサービス[※1]を展開する株式会社池田研究所は、2019年に「無添加お弁当 二重まる一番町(以下:二重まる)」という、利用者が働くことができる、新しい形のデイサービスをオープンしました。2014年に開業したこの事業所は、農業と福祉を結びつける「農福連携」を掲げて活動してきました。その名前は、高齢者施設としては少し違和感がありますが、そのままお弁当屋さんの看板になり、お弁当屋さんを運営するデイサービスとして周知されています。

二重まるの大きな特徴は、障害者と高齢者の両方を受け入れることができる「共生型デイサービス[※2]」である点。利用者それぞれが自分に合った過ごし方をできるよう、空間作りに細やかな配慮がなされています。

また、利用者の活動性を引き出すため、施設設計には独自の工夫が見られます。そのひとつが、あえて障壁を残すことで利用者が自身の能力を発揮し、現在できることを維持することを目指したいわゆる「バリアアリー」の考え方です。もうひとつは、様々な種類の椅子を設置することで、多様な身体状況やニーズに対応している点です。

これらの取り組みは、アクティブに生活する高齢者や障害者に求められる新しい施設のあり方を示唆しています。この記事では、この施設設計に込められた視点を、さらに詳しく紐解いていきます。

※1 デイサービスは通所型の介護施設で、利用者は週に数回、必要な頻度で通うことができます。施設側が送迎を行い、日中に食事、入浴、機能訓練などの介護サービスを提供します。多くの介護施設が入居型であるのに対し、デイサービスは在宅介護を支援することを目的としています。また、デイサービスは同居する家族の負担を軽減するためのレスパイトケアの役割も果たしています

※2 2018年に、デイサービスで障害福祉サービスを提供できるようにする「共生型サービス」が特例として認められました。この制度の利点は、障害者が65歳を迎えても同じ施設に通い続けられること、そして介護や障害といった枠組みにとらわれず、多様化・複雑化する福祉ニーズに柔軟に対応できることです。

はたらくデイサービスという新しい形

新八戸駅近くの幹線道路沿いに位置する二重まるでは、利用者が実際にお弁当作りに参加し、その労働に対してお給料が支払われるというユニークな取り組みを行っています。利用者が日々の活動を通じて、社会参加と自己実現を体感できる場となっています。

外観はまさにお弁当屋さんですが、中に入るとカフェのような雰囲気が漂っています。ただ、その1日を見学すると、作業と休息が同じ空間で行われており、その光景はまるで「海女小屋」を彷彿とさせます。その様子は一般的なデイサービスとは全く違います。

無添加お弁当 二重まる一番町の外観

近年のデイサービスは、豊富なアクティビティが用意されていることも少なくなくなってきました。麻雀やカラオケなどといったプログラムを掲げてサービスを提供する事業者も増えています。

池田介護研究所では、高齢者が自らの生活をデザインできる「セルフデザイン事業」として、個別支援型のデイサービスを展開しています。この事業では、『健康と美』、『趣味活動』、『生活』、『お仕事』の4つのプログラムを提供し、多様な選択肢を通じて利用者一人ひとりの豊かな暮らしをサポートしています。

実はここでの『お仕事』は単なる一要素に過ぎません。食事や入浴といった基本的なサービスに加え、美容やヨガなどのアクティビティも提供されています。特に特徴的なのは、畑作業や買い物といった外出を伴うアクティビティです。利用者は、日々の異なるアクティビティを自ら選択し、活動的な生活を作りあげることができます。

彼らは、同様のサービスを提供する他の施設も運営していますが、一貫した特徴として、利用者が外出する機会が多いため、施設内に誰もいないことがしばしばあることです。この外出の多さが、施設の空間作りにも影響を与えています。

かなえるデイサービスの一ヶ月のアクティビティ表。

既存のレイアウトを活かしていろんな居場所を作る

無添加お弁当 二重まるの平面図
着色されているのは椅子。様々な作業やアクティビティの場所には様々な種類の椅子が用意されています。

「二重まる」は、かつて薬局として途中まで作られたものの、その後放置されていたテナントを借り上げて作られた施設です。

池田介護研究所では、低予算での施設運営を目指し、ほとんどの施工を自分たちで手掛けています。特に注目すべき点は、利用者自身も積極的に施工に参加していることです。利用者とともに手掛けたこの取り組みからは、さまざまな楽しいエピソードが生まれています。

「カフェ」での風景。中央では昼食の準備が進められ、左側では仕切りを立ててエステの施術が行われています。

その一つが扉にまつわる話です。同研究所の代表取締役、池田右文さんはこう語ります。

「わざわざオークションで購入したアンティークの扉があったんです。少し煤けた塗装が味わい深い一品だったのですが、帰ってきたら利用者の方が「ぼろぼろだったから」と真っ白に塗装してしまってたんです!(笑)」

このようなエピソードに象徴されるように、利用者とともに施設を作り上げる姿勢が、この施設の大きな特徴です。たとえば、日曜大工が得意な利用者がポストを取り付けてくれるなど、利用者の意欲や協力を積極的に受け入れ、喜んで活かしています。

「カフェ」での食事の風景。右奥にいらっしゃる視覚障害の方は手すり付きの椅子に座り、トイレなどへの移動がしやすい位置に配置されています。

「カフェ」と呼ばれる一番広い部屋は、ヨガや美容など、多目的に活用されています。普段は、8人が座れる大きなテーブルや、窓際のコーナーに配置されたソファがゆったりとした雰囲気を作り出しています。ヨガなどのアクティビティを行う際には、テーブルを壁側に移動させてスペースを確保します。

「ロビー」部分。ここでも利用者さんは食事をとります。

お弁当屋さんの玄関口となっているロビーでは、かつて薬局のカウンターだった部分を、受付として活用しています。このエリアには事務スペースも整備されています。その奥には調理室があり、お弁当の調理が行われます。また、ホールには深く座れるソファが配置されています。

左側の「受付」と右側の「事務室」の間には「調理室」へと続く通路があり、全体的に見通しの良い空間となっています。

奥にある「静養室」の隣の「部屋A」は、利用者のロッカールームとしてだけでなく、静かに過ごしたいときに利用できるスペースとしても機能しています。

昼食の時間になると、利用者は自分が心地よいと感じる場所で自由に食事を楽しむことができます。この自由度と居心地の良さが、施設の魅力の一端を物語っています。

ロッカーのある「部屋A」とその隣は「静養室」。ここは落ち着く雰囲気にするために壁はダークな緑色を配色しています。

「調理室」には、あえて工場のような照明を採用したそうです。

活動性を引き出す施設設計の工夫と配慮

さて、調理作業や外出アクティビティを中心としていている施設であるからか、各々の利用者の活動性の違いがよくわかります。活動性が違うものの、ここでは同じアクティビティをこなすことを積極的に提案します。それだけではなく、そういった「活動性」を補助・推進するものとして、インテリアにも工夫がありました。

ひとつの特徴は、入口の段差や施設感のない床材や壁材でした。段差に関して、池田さんはこういいます。

「私たちの施設で段差をなくしたり、バリアフリーにしてしまうと、町の中でむしろこけるようになります。町の中はバリアフリーな場所だけではないので。」

画像右:弁当屋さんの玄関 画像左:カフェ玄関 zoomでヨガ教室が行われている 

この施設の2つの入り口にはしっかりと段差があります。しかし、その隣にはちゃんと脱ぎ履き用の椅子が添えられています。

もうひとつは椅子です。池田介護研究所の他施設や畑作業などにも、必ず椅子があります。そしてそれは高齢者用のものではなく、一般的なものを使っているのも特徴です。

同事業者が運営する「かなえるデイサービスまる」のリビング。こちらはカッシーナの高級なソファ。

三沢市の星野リゾート青森屋の敷地内にオープンした「サードプレイスミサワ」のデイサービスの椅子。

特に一番活動的な「お弁当二重まる」では、様々な種類の椅子があります。スタッキングできるような手すりのない椅子もあれば、手すりがある椅子、そして、コーナーソファに深く座れるソファなど。

畑作業の合間のひととき。職員さんによってささっと椅子が用意される。

これらの椅子は、利用者の障害に合わせて選べる選択肢となっています。

上半身のバランスの悪い人や盲目の方には手すりのある椅子を、活動的な人には手すりのない椅子、左耳が聞こえにくい人が効き耳を会話相手に向けてコーナーソファで話していたり。

右側は左耳が聞こえづらい方。コーナーの席を利用して、利き耳を相手に向けて会話を楽しむ姿が見られます。

これについても池田さんはこういいます

「椅子には特にこだわりがあり、高齢者用ではなく一般向けのものです。いいものだとカッシーナなどの高級品です。介護用のものを置くと、高齢者施設感がでてしまうし、みなさんが楽しみにきてくれる場所にしたいという思いがあります。」

いざ!!作業開始!!

左は100歳のおばあちゃん、右は90歳のおじいちゃん。同じ作業でも不得意なことはお互いに助け合いながら進められます。

さて、調理作業が開始すると、ここは戦場のようになります。利用者のみなさんは準備を整え、自ら所定の位置にスタンバイをします。

切り方の指示を出されて「はいはい」と立ったまま作業されるおばあちゃん。

利用者がこなす『お仕事』は、盛り付け作業、野菜などの下ごしらえ、他にはお弁当にシールを貼る作業やレジスターでお客さん対応など。惣菜の調理に関しては、職員によって行われています。最初は、スタッフと利用者の見分けがつかないほど、みんな手際よく自発的に作業をしていました。90歳の男性も100歳の女性も、昨日のことは覚えていないような認知症の女性もこんなことは簡単だといいながら、楽しそうに手際良く作業をされています。利用者の平均的な介護度は1〜2程度とのことですが、それでもこれほど多くのことができるのだと驚かされました。

こちらは盛り付け作業。数を数えて自ら確認する利用者さん。

地方デイサービスの課題と共生型の可能性

近年、デイサービスの報酬が地方と都市部で同一であることが問題視されています。都市部では、効率的な送迎が可能ですが、地方では、1人の利用者を送迎するのに往復1時間かかることもあります。例えば、二重まるでは最も遠い方でも30分以上かかることがあります。このような状況から、地方におけるデイサービスの存続が難しくなりつつあります。この背景の中で、既存のテナントをうまく活用し、費用を抑えることが地方のデイサービス運営において重要な手法となるかもしれません。また、拠点ベースで利用者を選ばざるを得ない現状において、共生型の運営方法が利用者の枠を広げる可能性を秘めていると感じさせられました。

介護が必要な方々の状態は、単純に介護の重度で括ることはできず、その障害の種類は非常に多様です。例えば、身体は元気でも視覚に障害がある方や、右耳が聞こえにくい方、身体に不自由はなくても昨日の出来事を思い出せない方、また、なるべく少人数で過ごすことを好む方などがいます。こうした個々の障害に対応するためには、均一な空間や家具で一律に対応するのではなく、あえて非均質な空間を作ることが重要です。これにより、利用者同士の譲り合いや選択肢が増え、さまざまな方々にとって居心地の良い空間が実現できるだけでなく、地域全体が支え合い、より多様で豊かな共生社会の未来へとつながっていくのではないでしょうか。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。