RESEARCH

ケアする人のケア—養護老人ホームのリサーチを通じて

Reseacher&Writer : Kakeru Asano

     

はじめまして、デザインリサーチャーの浅野翔です。デザイナーでもリサーチャーでもない「デザインリサーチャー」は、1970年代以降にデザインする過程の分析にともなって生まれた、領域横断的な役割です。課題が多様で複雑になるほど、事業やサービスに携わる利害関係者やその相互作用の理解が重要です。その間をつなぐためのコミュニケーションや実験的な試作を、創造行為を通じておこなう者がデザインリサーチャーだとわたしは考えています。

今回、紹介するプロジェクトはまさに、特別養護老人ホームやデイケアサービスなどを運営する社会福祉法人と、養護老人ホームの新築建て替えを依頼されたしばたゆうこ事務所との間をつなぐデザインリサーチ・プロジェクト(以下、本プロジェクト)です。

福祉サービスを理解し、利用者の生活の質(QoL)やスタッフの労働生産性を向上するための施設設計とはどのようなものでしょうか。それを理解する手がかりとして、既存施設には利用者、スタッフや法人の経験や価値観がどのように埋没されているのかを理解することを目的にリサーチは進行しました。

そこには、私的な居室や公共的な談話室ではなく、自分らしくいられる第三の居場所を施設内に発見する利用者の創造的な視点や、それを下支えする小さな工夫の連続を空間に埋め込むスタッフの姿がありました。背景には、ケアする/される関係を互いに乗り越えて、自分らしく自由に振る舞える寛容な空間をつくろうという利用者とスタッフの協力関係があるからかもしれません。

ケアする人のケアという視点

リサーチの対象が利用者だけにとどまらず、スタッフや組織も含まれていたことに疑問を抱いた方がいるかもしれません。医療福祉の歴史的な背景から、日本では特に「当事者のケア」という視点が大きいのではないでしょうか[*1]。高齢者や障害のある人など、ケアを受ける側(=当事者)が、その人らしくある、尊厳を失われない日常生活を送れるようにケアする側が介護をおこなってきたことは言うまでも有りません。

しかし、少子高齢化が著しく進み、家族が別々に暮らすことや共働きが当たり前となった我が国において、「シャドウワーク[*2]」と呼ばれるような家事労働の範疇に「ケア」を入れることはもはや難しいでしょう。さらに、ケアワーカーへの理解や支援もまだ十分とは言えないのではないでしょうか。介護労働安定センターによる令和元年度の調査では、1年間の離職率が約15%にも達しており、もはや介護福祉事業において、「ケアする人のケア[*3]」は目を逸らすことのできない視点だとわかります。

そのため、ケアする側の支援環境を整備するために「ケアする人のケア」という視点を取り入れた、ケアする側とされる側の間にある相互関係を注意深く観察する必要があるのです。それでは、本プロジェクトでは、どのようなデザインリサーチがおこなわれていったのか見ていきましょう。

[*1] 上野 千鶴子、ケアの社会学―当事者主権の福祉社会へ、太田出版、2011
[*2] イヴァン・イリイチ、シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う 、岩波現代文庫、2006
[*3] 社会福祉法人たんぽぽの家は、ケアする人が心身ともに健康であってはじめて質の高いケアができるとの考えで、1999年より「ケアする人のケア・プロジェクト」を実施し、調査研究や普及活動をおこなっている。

養護老人ホームのケアする人の
ケアという視点

本プロジェクトでは、福祉法人が設計事務所に養護老人ホームの老朽化に伴う建て替えを依頼したところから始まります。設計者の柴田木綿子さんは新しい敷地に移設するにあたり、利用者が暮らしやすく、スタッフが働きやすい環境をいかに提案できるかを考えるため、わたしにお声がけ下さいました。

スタッフ6名へのインタビュー調査をおこなった後に、約1ヶ月にわたる4つの定性的な調査を実施しました。①スタッフが自らがひとりでビデオを撮影しながらカードに書かれたタスクをおこなうビデオインタビュー、②わたしが利用者に施設を案内してもらいながら場所や道具の性質を伺う建築探訪インタビュー、③朝から晩まで介護スタッフの背後を追いかけてフィールドノートをとる観察調査、④施設内に溢れる、利用者やスタッフによる大小さまざまな小さな工夫を写真記録して分類するフォトエスノグラフィーです。

複数の調査を並行しておこない、スタッフらとともに分析した結果から得られた洞察は、施設の中になんとなくスタッフ間で潜在的に共有されている経験や、利用者ならではの価値観が多くありました。

ケース1:
スタッフに対する利用者の
配慮について

同じ空間を共有する利用者とスタッフの間には、さまざまな工夫が発見されました。特に観察調査では、おふろやトイレ介護の時間を除いて、スタッフが5分と同じ環境にいることができないほど多忙であることがわかりました。職員室、利用者の部屋、共有スペース、お手洗いなどあちこちを移動しながら、ひとりひとりに介護をおこなっているのです。

そのため、スタッフは動線の交差する空間によく使う道具や業務をうまくまとめていました。例えば、談話室・交流室に面する廊下の壁沿いは職員室の一部として「中継地点」のように利用され、談話室と廊下の間にある開口部の狭いカウンターで申し送り書を書いていたり、談話室に目の届く廊下の一部(階段の前)に自作の机を置いて配るものの分別作業をしていたり。いろんな場所に目配せの効く廊下の途中に現れた「中継地点」は廊下の突き当たりにある職員室へ行き来する時間を短縮して時間的な余裕を作りだすだけでなく、同時進行で様々な業務をこなしながら、利用者からの小さな要求に応じやすい空間的な性質も持ち合わせていました。何十年も同じ空間で業務をこなし、試行錯誤した工夫がそこにはありました。

それはビデオインタビューで、スタッフが「談話室はいろんな方が集まるような場所になっています…(中略)…やはり職員さんがいて安心できる場所なのかと思います」という発言からも想像できます。談話室で同じ場と時間を安心して共有できるように、スタッフは少し離れた場での介護やその他の動作をしていても、必ずこの場を注意してみているようです。それが利用者の心理的に安心して過ごすことができることにつながっている一方で、同じ空間で作業していて忙しそうなスタッフを前に要望があっても遠慮してしまう利用者もいるようです。建築探訪では、「行ってみたい場所は今はどっこもない…(中略)…もうそんなん望まれへん」と話す利用者や、談話室を指して「そこは私らの部屋ではありません」と居場所がないと感じている利用者もいるようでした。

利用者がたくさん集まる「談話室」は利用者やスタッフにとって互いの存在が近いことで安心感が生まれる、ある種の公的な空間として機能がある一方で、利用者の私的な要求やスタッフと利用者の個別の親密な関係を築くことが難しい空間となっているのかもしれません。

スタッフが中継地点として利用する様子

ケース2:
第三者と利用者の相互関係について

それでは、スタッフと利用者以外の第三者が関わるような場ではどうでしょうか。例えば建築探訪では、利用者のご家族や施設に関連する人々が訪れる玄関ポーチで時間を過ごしていると話す利用者がいました。見知らぬ家族とのちょっとした挨拶や、郵便局員との世間話は、利用者であることを忘れて肩の力を抜いて過ごすことができるようです。

また、かつては利用されていた施設の敷地内にある畑の運営には、施設を利用する方やスタッフ、さらに利用者の家族も参加してバーベキューがおこなわれたこともあったと楽しそうに教えてくれる利用者もいました。今はスタッフが少なくなり手が回らず、畑も使われていないと少し残念そうに語っていたのが記憶に残っています。

談話室を「混ざっているというより圧倒されている」、「(他の利用者とは)ちょっとしゃべるくらい、(スタッフは)忙しそうやから」と話す利用者も、畑や玄関ポーチという誰かと共有できる場では、自身も気にすることなく「誰か」として緊張することなく過ごすことができていたようです。

建築探訪で得られた場所ごとのコメント一部抜粋

ケース3:
スタッフによる利用者への
配慮について

ビデオインタビューやフォトエスノグラフィからは、こうした利用者の思いを感じているスタッフのさらなる工夫が発見されます。日々忙しくしていることを自覚しているスタッフですが、空調が整えられた環境でも利用者に四季の変化へ目を向けてもらおうと、季節ごとにモビールを設置したり、なかなか買い物に出られない利用者に向けて、仮設の商店を階段前に設けたりと取り組みをおこなっています。利用者に生活の中でリハビリテーションをおこなってもらおうと、主体的な移動を促す仕掛けを実践しているのです。

利用者が自ら楽しみを見出せられる、つまり生きる意思を持ち続けるために、どうしても必要となる介護の瞬間を取りこぼさないようなスタッフの工夫も随所に発見されました。中継地点近くの仮設テーブルなどの即興的な大工仕事はもちろんのこと、手すりにかけられた消毒やトイレットペーパーなども。もしもに備える仮設性と即時性、即興的な設えがあらゆるところに見られます。

アクシデントがいつ起きてもいいようにスタッフの気遣いが散りばめられているからこそ、利用者は第三者として振る舞う自由な空間・時間の過ごし方が許容されるのかもしれません。

即興・即時・仮設が見られる工夫の場面

福祉サービスをめぐる多様な視点

調査結果を振り返ると、非常に限られたプライベートの居室(第一の場)、居室以外に過ごすことの長い、ある種、公共的な談話室など(第二の場)、そしてスタッフの目から離れていてもある程度、許容される寛容なインフォーマルな空間、公的な談話室でも私的な居室でもない第三の場、サードプレイス[*4]に居場所を見出す利用者の姿がありました。

計画と管理からこぼれ落ちるこの空間に紐づく行動が生活の中のリハビリテーションになっているかもしれない、という仮説に驚くスタッフの方もいました。スタッフ不足などを背景に十分に活用できていないとのことでしたが、スタッフの働きやすい環境が整えば利用者の生活の質(QoL)向上につながるかもしれないということは前向きにとらられたようです。

建築の内外にこの寛容な空間を設けることは、施設整備というハードの側面だけでなく、福祉サービスや組織運営などのソフト面との連動が欠かせません。さらに2025年を目処に整備が進められる地域包括ケアシステムを踏まえると、施設の利用者やスタッフだけでなく、関連するの事業者、近隣の医療・看護・介護系の大学、もちろん地域住民などを巻き込んだ多様な視点とその調整が重要になってきます。

本プロジェクトはあらゆる可能性を探り、多様な方との対話をしながら、設計活動と組織運営を考える素地になることを期待していました。こうした調査とその結果から、しばたゆうこ事務所と施主との話し合いでは、養護老人ホームの利用者と施設のスタッフが協働で運営するカフェスペースや、地域の方と利用できる畑をケアの一環で復活させるアイデアも生まれたそうです。

残念ながら建設プロジェクトは諸事情により中止となりましたが、もし完成していたら笑顔が溢れる施設になっていたと思います。多様な視点を盛り込んだ本プロジェクトから、利用者が自分らしく振る舞うことのできるサードプレイスが、高齢者福祉施設におけるケアする人のケアにつながる可能性を示せたのではないでしょうか。利用者やスタッフはもちろんのこと、多様な利害関係者とともに福祉サービスを発展させるアプローチが広がっていくことをわたしは期待しています。

[*4] レイ・オルンデンバーグ、サードプレイス― コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」、みすず書房、2013

浅野 翔Kakeru Asano

1987年兵庫県生まれ、名古屋育ち。2014年京都工芸繊維大学大学院デザイン経営工学専攻修了。同年から、名古屋を拠点にデザインリサーチャーとして活動を始め、現在に至る。
「デザインリサーチによる社会包摂の実現」を理念に掲げ、調査設計、ブランド・商品開発、経営戦略の立案まで、幅広いジャンルで一貫したデザイン活動をおこなう。
「未知の課題と可能性を拓く、デザインリサーチ手法」を掲げ、文脈の理解〈コンテクスト〉と物語の構築〈ヴィジョン〉を通した、一貫性のある提案をおこなう。
https://kakeruasano.com