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「屋台」で地域の介護予防─丘陵地でのケアの知恵

Reseacher & Writer : Yuko Shibata

「屋台」で地域の介護予防

宮城県仙台市にある八木山の東南に広がる広大な住宅街の一角に拠点を構えるNPO法人コトラボ。彼らは介護自体を生業とせず、この地域で高齢者を中心とした地域支援をおこなっています。この活動が担っているのは地域に住む高齢者の「介護予防[*1]」。拠点のある丘から、少し離れた住宅地にある広場まで屋台を移動させ、「道端文庫」と名付けられた青空図書館と挽きたてのコーヒーを無償で提供するコーヒースタンドを地域住民に開放します。この活動は高齢者だけでなく、子育て世代や中高生などの地域の多世代交流のきっかけとなることを意図されており、屋台が作り出す楽しそうな風景はそんな人々を呼び寄せる一端を担っています。

「屋台」を使ったまちづくりの事例を、近年多く見られるようになってきました。しかしコトラボが特別なのは、一見すると屋台には不向きに思える、坂道の多い丘陵地でこの活動をおこなっていることです。そこには、この地域特有の課題に向き合った、独自の介護予防の可能性が秘められていました。

道端文庫を訪れた近隣の住民

様々な年代の人が集まり、多世代交流を実現しています

[*1]介護予防
介護予防とは、高齢者が「要介護状態になることをできる限り遅らせること」、「要介護状態にあってもその悪化をできる限り防ぎ、さらには軽減を目指すこと」を目的とする考え方。食生活の改善や運動能力低下の防止といった「身体機能」の改善を目指すだけでなく、日常生活を通じた「社会参加」も重要視される。

なぜ屋台なのか?──丘陵地でのケアの知恵

地域の中での支援を、敢えて移動式の「屋台」でおこなうのはなぜでしょうか?コトラボ代表の軍司大輔さんに尋ねると、こうした答えがかえってきました。

「この地域の高齢者は要介護の方は少ないものの、坂が多く高齢者にとっては徒歩での移動は難しい地域なので、日常生活の中に介護予防を取り入れにくい環境にあります。それならばこちらが出向かえば良いと思って移動式の地域支援をはじめました。」

軍司さんも「坂が多い」と語る八木山というこの地域。当初は行楽地として開発されましたが、昭和中期になると住宅地としての開発が始まりました。その際に家を購入した市民は70歳を越え、八木山エリア全体の高齢化が進んでいます。さらに、10代〜50代の現役世代が減り、過疎化だけでなく同時にスーパーやATMなどの生活基盤であるインフラが減りつつあります。

この住宅街にもコミュニティセンターがありますが、そこに行くまでには坂を経由しなければならず、住宅の位置によっては、マイカーを手放した高齢者だと外出が億劫になる原因になってしまいます。

移動型の屋台はそんな高齢者の為に、自ら住宅街の任意の広場に出向き、居場所を提供します。

八木山神社前の広場で開かれた移動式コーヒースタンド。手伝っているのはボランティアの学生たち。

目的を地域住民の「居場所を作る」ことに重点を置くこの活動は、屋台が作ったきっかけを下地に、高齢者のみならず、地域の中高生や子育て世代なども呼び寄せ、地域に緩やかな繋がりを作ることに成功しています。住み慣れた街に仮設的な「居場所」を作り、住民からのフィードバックを得ながら、徐々に活動を発展させてゆくこの方法は、まちづくりの手段として、近年様々な都市で採り入れられている「タクティカルアーバニズム[*2]」を想起させます。

[*2]タクティカルアーバニズム
市民による安価で敏速な都市の改善方法。公共空間に対して一時的にアクションを起こし、その社会実験による知見などを、施設の建設や都市の制度設計のあり方に影響を与えようとすることを目的としている。

八木山の地形が抱える問題点

山頂にある地下鉄八木山動物公園駅から麓にある長町南駅までは約3キロメートル。この間に広がるこの住宅地の移動は公共交通としてはバス、そして車などの利用が中心になります。出典:国土地理院(https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html)

八木山地域をもう少し詳しく見てみましょう。八木山動物公園駅を中心とした半径1.5km圏内にあるスーパーマーケットは3箇所です。住宅から、最寄りのスーパーマーケットまで向かう場合の、道の高低差を計測しました。

出典:国土地理院(https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html)

たとえば松ヶ丘の住宅地の中心部から直近のスーパーまでの距離は約440m。それに対して高低差は約30mとなっています。住宅を始点とした200mから400mの距離では高低差約20mとなり、坂道の勾配は約1/10となります。これは建物の屋外スロープに適用されるバリアフリー新法[*3]の屋外スロープに対する規定、勾配1/15より急であるということになります。

出典:国土地理院(https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html)

こちらは大塒町(おおとやまち)の端から、別のスーパーマケットへのアクセス。始点から約340mの間に約25mの高低差があります。勾配にすると1/13.6となり、こちらも先ほどの傾斜と同様に急勾配であることがわかります。

さらに調査を進めると、坂が多く不便という以外にも別の問題が見えてきます。ひとつは、住宅地特有の狭い道路幅。網目状の道路は狭く歩道がないために、車社会であるこの地域ではとても歩きにくいという特徴があります。もうひとつは、冬の厳しい気候。仙台市は東北の他県に比べて雪は少ないものの、冬になると道路の凍結が起こりやすく、それもこの地域の高齢者を家にこもらせる原因となっています。道路の凍結は、外出を遠ざけるだけでなく、この地域住民への訪問介護などの外部からの支援も難しくしています。

このような地形的な特徴を持った地域は、国内を見渡すとさほど特殊な事例ではありません。各地にある類似する地域は、やはり同様に高齢化による住みづらさの問題を抱えています。

[*3]バリアフリー新法
高齢者や障害者が安全に自立して生活できるように、不特定多数利用の建物と旅客施設、一部の公園と道路に対して定められた基準。建物に関する基準は、室内は入口や階段・エレベーターやトイレなど、屋外はアプローチや駐車場など敷地内を円滑に利用できるように定められている。

緩やかな地域支援がつくりだす持続可能性

高齢化によって、丘陵地という地域の特性が、外出のハードルに変わってしまった八木山地域。ここに必要とされているのは、昔ながらの結びつきだけに偏らない、緩やかで多層的な繋がりなのだと、コトラボは教えてくれます。たまたま通りかかった親子や、近所の学生ボランティアが、地域の高齢者と繋がる「偶然」を生み出す。そうした緩やかな地域支援をこの丘陵地で可能にしているのが、屋台を使った彼ら独自の取り組みでした。

少子高齢化の過疎地では既存の都市構造を利用せざるを得ず、街自体の大きな変革は見込めません。近い将来、彼らが取るような手法が、住み慣れた街を少しずつ改善するひとつの手段となるのではないでしょうか。

Photo by NPO法人コトラボ

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。