IDEA
「あるといいな」を重ねて、地域のよりどころをつくる ― ヨリドコ小野路宿
Writer:Yuko Shibata Photographer:TAKEZO
なんとなく体の調子が気になる。
そんなとき、みなさんはすぐに病院へ行くでしょうか。
「なんとなく調子が悪く少し不安だけれど、受診するほどではない気がする」
「家族の介護について、誰に相談したらいいのかわからない」
そんな小さな違和感や困りごとは、日々の暮らしの中にたくさんあります。けれど、それらがすぐに病院や制度につながるとは限りません。誰にも相談できないまま、抱え込んでしまうこともあります。
そうした不安を少しでも減らし、地域を元気にしたい。
そんな思いから生まれたのが、町田市小野路町にある「ヨリドコ小野路宿(以下ヨリドコ)」です。小野路にある「まちだ丘の上病院」を母体とし、病院のサテライト施設として開かれました。
ヨリドコが目指しているのは、医療や福祉を地域コミュニティの内側に自然に組み込むことです。地域の人がふらっと立ち寄り、最近の体調や暮らしの様子を気軽に話せる。そして、何気ない会話から小さな困りごとに気づき、必要な支援へとつなげていく場所です。
病院は、病気やけがを診てもらうための場所です。一方で、暮らしの中で生まれる不安や変化は、そのもっと手前にあります。
まだ「患者」ではないけれど、誰かに話してみたい。
まだ「相談」と呼ぶほどではないけれど、少し気にかけてほしい。
ヨリドコは、そうした医療や介護に出会う前の時間を受け止める場所として、地域に開かれています。
病院らしくない、医療と介護の入口
小野路町は、かつて宿場町として多くの人々が行き交った歴史を持つ地域です。現在、公共交通機関によるアクセスはバスに限られ、いわば「陸の孤島」のような場所にあります。大規模な開発を免れてきたためか、今も古民家や蔵、里山の風景が残り、町田市内にありながら、中心市街地や駅前とは異なる、ゆったりとした時間が流れています。
東京都町田市小野路町の周辺地図(国土地理院の地図をもとに柴田木綿子建築設計事務所作成)
その小野路宿の一角にあるヨリドコは、病院のサテライト施設でありながら、いわゆる「病院らしさ」から距離を取っています。かしこまった受付や、衛生性を前面に押し出した空間ではありません。古民家ならではのスケールや素材感、畑や竹林、縁側といった要素が、「誰でもここにいていい」と思える、おおらかな雰囲気をつくり出しています。地域に昔からある家を訪ねるような感覚で、立ち寄ることができる場所です。
この「病院っぽくなさ」は、医療や介護を特別な場所の中に閉じ込めず、暮らしの延長に置くための大切な工夫です。そして、その考え方は空間だけでなく、運営にも表れています。
たとえば、kitchen「とまりぎ」では、休日の医師が店番に立つこともあるといいます。白衣を着た医師と診察室で向き合うのではなく、カフェという日常の場で、雑談を交わすことができる。専門職が「相談してください」と待つのではなく、地域の中で自然に出会える。そうした関係のつくり方が、相談することへのハードルを下げています。
ヨリドコ小野路宿案内図(提供:一般財団法人ひふみ会)
医療や介護は、本来、日々の暮らしの近くにあってほしいものです。しかし実際には、専門機関につながるまでに、少なからず段差があります。ヨリドコは、その段差を低くするために、医療や介護への入口を「日常の場所」としてつくっています。
「町田市のアンケートでは、小野路を含む地域の方は、町田市内でも主観的健康感が高いんです。でも、実際の健康指標は低く、町田市内でかなり低い現実があります。なぜかというと、医療が身近ではないんです。たとえば、健診の受診率がとても低いんですよ。」
そう話すのは、ヨリドコを運営するまちおか理事長の藤井雅巳さんです。
病院に行くほどではないと思っているうちに、体調や暮らしの変化が見過ごされてしまう。そうした地域の実情を考えると、病院の外に、日常的に立ち寄れる医療や介護との接点があることは、大きな意味を持ちます。
日常と医療が、ひとつの敷地で重なり合う
ヨリドコの特徴は、ひとつの敷地の中に、いくつもの機能がゆるやかに重なり合っていることにあります。
敷地には、古民家を改装した建物や蔵、畑、「きんじょの本棚」[※1]などがあります。カフェが営業し、貸しスペースである集会所や蔵では、さまざまな活動が行われています。また、居宅介護支援事業所[※2]が入り、介護の相談や支援につながる拠点としての機能も備えています。(なお、以前ここにあった訪問看護リハビリステーションは、現在、近隣へ移転)
手前は敷地の南側にある畑。左奥に見える建物は蔵。
つまり、ここは単なるカフェでも、貸しスペースでも、介護事業所でもありません。地域の人が日常的に立ち寄る場所と、介護の専門職がいる拠点が、同じ敷地の中に共存しているのです。
医療や福祉の相談窓口は、困りごとを整理し、相談内容を言葉にしたうえで、「相談者」として訪れる場所になりがちです。しかし、ヨリドコでは、最初から相談を目的にする必要はありません。お茶を飲む、イベントに参加する、畑を見る、集会所を使う、誰かに会う。そうした日常的な理由で、気軽に訪れることができます。
集会所とkitchen「とまりぎ」の間のデッキスペースに置かれている「きんじょの本棚」スペース。奥は自転車置き場。
カフェやイベントを訪れた人が、すぐに支援につながるわけではありません。けれど、同じ場所に介護の専門職がいて、畑仕事やイベントなどの日常的な活動を通して顔を合わせることで、少しずつ関係が生まれていきます。何気ない会話の中から、小さな変化に気づくこともあるでしょう。
目的が医療や介護の相談でなくても、人が訪れ、誰かの気配がある。その積み重ねが、「行けば誰かがいる」という安心感につながっていきます。
病院や介護の窓口が、困りごとが生じてから訪れる場所だとすれば、ヨリドコは、その前から人との関係を育む場所です。さまざまな機能がゆるやかに重なり合うことで、医療や介護につながるきっかけが、地域の日常の中に生まれています。
※1「きんじょの本棚」とは、街角や個人宅の軒先などに置かれた小さな本棚で、どこで借りてもどこで返しても良い仕組みの地域交流活動です。東京都町田市から始まり、現在は全国各地に広がっています。
※2 要介護者が自宅で介護保険サービスを利用するためのケアプラン(介護サービス計画書)の作成や、関係機関との連絡調整を行う事業所です。別名「ケアプランセンター」とも呼ばれます。
訪れる理由が、敷地のあちこちにある
さて、敷地の中を順に見ていきましょう。
まず道路側にある建物には、居宅介護支援事業所、レンタル和室、そしてkitchen「とまりぎ」が入っています。
ヨリドコ小野路宿敷地内の平面図。右側は前面道路、左側には竹林。
竹林は敷地から直接アクセスできる。
前面道路からヨリドコ小野路宿を見る。
正面に見えるのは、居宅介護支援事業所やkitchen「とまりぎ」、和室が入っている建物。
「とまりぎ」は、日替わり店長によって運営されるカフェです。医師やケアマネジャー、子どもの発達支援に関わる専門職など、福祉や医療の領域に関わる人たちが店に立つこともあれば、地域の社員食堂のような場を目指す店長が食事を提供することもあります。
ここで生まれているのは、単なる飲食の提供ではありません。食を介して人が集まり、会話が生まれ、専門職と地域の人が自然に顔を合わせるきっかけです。夜にはときどきバーとして開かれることもあり、この地域ではなかなか出会えない、少し特別な時間の過ごし方も生み出しています。
kitchen「とまりぎ」の入り口
kitchen「とまりぎ」の内部
敷地の中央には、古民家を改装した集会所があります。この集会所は、「とまりぎ」とデッキを介してつながっており、ふたつの建物のあいだに一体感をつくり出しています。その東側の間には「きんじょの本棚」と自転車置き場が設けられており、子どもたちがふらっと立ち寄るきっかけにもなっています。
集会所は、デッキとほぼフラットにつながっています。間口いっぱいの窓を開ければ、室内と屋外を一体的に使うことができます。床は土間コンクリートで、多少ラフに使えるつくりになっているため、子どもの造形教室やワークショップなど、活動の幅を受け止めやすい空間です。
建物手前:集会所
建物奥:蔵
集会所内部
柱や梁はかつての古民家の材をそのまま活用しつつ、新たに補強を施すことで、大空間を作っている。
ここでは、地域住民による体操教室、子どもの造形教室、裏の竹林を生かした竹籤ワークショップなどが定期的に開かれています。そのほかにも、勉強会や集まりの場として使われ、地域の人が目的を持って訪れるきっかけになっています。
また、集会所、キッチン、和室は、それぞれデッキテラスが備えられています。このデッキは、縁側のような役割を果たしています。用事を済ませるためだけでなく、少し立ち寄り、畑を眺めながら腰をかけ、誰かと話す。そんな自然な交流が生まれる余白になっています。
集会所の床
既存の木材がそのまま使われている。
敷地の奥には蔵があります。ここでは、移動式花屋のような定期的なイベントのほか、養蚕にまつわる展示など、この土地ならではの試みも行われています。蔵という既存の建物が、単なる保存対象ではなく、地域の記憶や文化を伝える小さな舞台として使われているのです。
敷地の南側、デッキに面した広い場所には畑があります。さらに一番奥へ進むと山へとつながり、竹林が広がっています。この竹林も、ただ背景としてあるのではなく、竹を使ったワークショップなど、活動の場として生かされています。
蔵の内部
取材時には養蚕を展示するイベントが行われていた
こうして見ていくと、ヨリドコ小野路宿の敷地には、カフェ、和室、集会所、蔵、畑、竹林といった多様な場所が連なり、それぞれが独立しながらも、ゆるやかに関係し合っていることがわかります。
飲食をきっかけに訪れる人。体操やワークショップに参加する人。本棚をのぞく子どもたち。畑や竹林に関わる人。医療や介護の専門職。さまざまな目的を持った人たちが、同じ敷地の中で自然に交差する。
盛りだくさんのアクティビティと、人との関わりが生まれやすい配置。その両方があることで、ヨリドコ小野路宿は、地域の人が何度も訪れたくなる場所になっているのではないでしょうか。
宿場町の役割を、現代にひらき直す
ヨリドコのあり方は、小野路宿という土地の成り立ちと深く重なって見えます。
小野路宿は、江戸時代に宿場町としてにぎわい、街道を行き交う人々が足を止め、休んだ場所でした。幕末には宿が6軒ほどあったとも言われています。現在、宿場としての機能は失われましたが、古い建物や道のかたち、周囲に広がる里山の風景には、その記憶が静かに残されています。
鎌倉街道上道にあたる小野路宿通りには、今も住居が連なり、通りから少し奥へ入ると森が広がります。道沿いの暮らしと里山の自然が近い距離で接していることは、この場所の大きな特徴です。大規模な開発を免れ、長い年月をかけて受け継がれてきた一方で、現在は車の往来に比べて歩く人が少なく、気軽に立ち止まり、滞在できる場所もほとんどありません。かつて宿場町が担っていた「休む」「迎える」「つなぐ」という役割は、まちの記憶として残りながらも、日常の機能としては失われています。
また、小野路宿通りを南北に抜けた先には、大規模な団地を含む住宅地が広がっています。しかし、この地域への公共交通は一時間に1本ほどのバスに限られます。自然豊かで落ち着いた環境である一方、買い物や飲食など、暮らしを豊かにする場所へのアクセスには不便さがあり、地域が孤立しやすい状況にあります。
だからこそ、この小野路宿にヨリドコが開かれていることには意味があります。かつて人を迎え、休ませ、人と人とのつながりを育んだ宿場町の役割を、医療や介護、暮らしの支援という現代の文脈の中で受け継ぎ直す場所。ヨリドコは、小野路宿に残る「立ち止まる場所」の記憶を、いまの地域に必要なかたちで再びひらいているように見えます。
宿場町の雰囲気が残る小野路宿通り
制度と暮らしのあいだをつなぐ
病院が専門的な治療や検査を担う場所だとすれば、ヨリドコは、地域の暮らしと医療や介護をつなぐ場所です。病院の機能を小さく移した施設というよりも、制度と日常のあいだに置かれた「翻訳の場」と言えるかもしれません。
ヨリドコ小野路宿のシステムダイアグラム
一方で、このような取り組みは、既存の医療・介護制度の中だけでは成立しにくい面があります。診療やケアプランの作成、訪問看護などの個別サービスには報酬がつきますが、人が集まり、関係を育み、小さな変化に気づくといった活動は、その価値を直接評価されにくいからです。また、成果が数値や件数として表れにくいため、その必要性が理解されにくく、事業者が取り組みに踏み出しにくいという課題もあります。さらに、こうした活動には、医療や介護とは異なる運営力と、地域との関係を長く育てていく継続力が求められます。
高齢化や人口減少が進むこれからの地域では、医療や介護のサービスを増やすだけでなく、それらが暮らしの中で機能するための「接点」をどうつくるかが、より重要になります。ヨリドコの実践は、制度だけでは支えきれない地域の日常を、場所とつながりによって支えるひとつの方法を示しています。
後半は、この場所がどのような思いから生まれ、どのように運営されているのかについて、代表の藤井さんにお話を伺います。

