IDEA
【前編】ことととぶき公開編集会議 第1回目
Lead Editor:Mitsuhiro Sakakibara Editor: Yuko Shibata

ことととぶきがはじまって、気づけば4年。
これを節目に、これから10年先を見据えて、あらためて「このメディアは何をやっているのか」「どんなスタンスでやっているのか」を整理する必要があるのでは?——そんな会話が日々のやりとりの中で自然に生まれてきました。
今回は、編集長である榊原充大さんを迎えて、はじめての対話記事をお届けします。
空間とリサーチのあいだを行き来しながら、「現場のリアル」にこだわり続けてきた『ことととぶき』。その始まりとこれからを語り合います。

ことととぶき編集部の役割分担
柴田:では、今日はよろしくお願いします。
榊原:はい。お願いします。
柴田:改めて役割の話をしますね。私は「ことととぶき」のオーナー兼編集者、そしてリサーチャー。
榊原さんは編集長として全体のマネジメントやコンテンツの質の管理、空間に関する客観的な視点、広報などを担当してくれてる。
その他には、ライターさんや専門家さんたちに、コラボをお願いしたりしてるね。
榊原:そうだね。実際、ネタは柴田さんがネットワークから拾ってきてくれることが多くて、僕は記事を「パッケージ」として読みやすくすることや、専門的になりすぎないよう調整する役割かな。
素人でも興味を持てるような内容を意識してる。
“その人を通してまちを知る”という視点
柴田:榊原さんに編集長をお願いしたのは、建築プロジェクトに関わるリサーチャーとして普段から活動してるから。『ことととぶき』は空間とリサーチのメディアだし、その視点が面白そうだなと思って。榊原さんは建築やまちづくりの現場で市民と対話しながら業務を進めてると思うけど、そこで「高齢化社会の影響って実際どこに出てるんだろう?」っていうのが気になっていて。
たとえば“高齢者への配慮としてこうしましょう”みたいな話って、そういう対話の中でも自然と出てきたりするの?
榊原:自治体ごとにけっこう違いがあるんだけど、僕の仕事はざっくり言うと、公共施設づくりや空き家対策、シティプロモーションとか、行政が関わるプロジェクトに民間や市民の声をどう反映させるかを調整する役割をしてる。市民との対話を含めて、事業の進め方を提案したり、現場に伴走したりって感じ。

その一環でワークショップを開催すると、参加者がほとんど高齢者というケースもあるから「ああ、今の日本って本当に超・高齢社会なんだな」って実感する。「市民参加」って70年代からずっとあるけど、当時は「自治体に対して市民から権利を主張する」ための運動っぽい色が強かった。一方で2000年代以降は、自治体側から市民に対して「ぜひ意見を聞かせてください」みたいに、もっとフラットな感じになってきた。
さっきも言ったけど、比較的参加者は高齢者が多くなる。たとえばおばあちゃんが「私はこう思うの」って真剣に話してくれる。でも、ワークショップからその施設の完成までに3〜4年はかかるし、「あのときの発言者、もういない」みたいなこともある。それは若い人でもそうで、移住してしまうこともある。
だから一人ひとりの意見を“その人だけの話”で終わらせないで、「その人(たち)を通してまちを知る」っていう視点が大事なんだと思う。小さな自治体であっても全員の声を聞くのは現実的じゃないし、聞いたからってそれで良い施設ができるとも限らない。だから、「市民の声を聞きました」で終わるんじゃなくて、それをどう受け取ってまちづくりにどう活かすかがこれからもっと重要になると思ってる。
社会課題は“見えにくい”——だからリサーチが必要
榊原:市民や関係者の話を聞くことも大事なリサーチのひとつだと思っているんだけど、「デザインリサーチ」という言い方だと少し込み入っていて、もともとは1960〜70年代に出てきた「設計のための素材集め」みたいなニュアンスだった。だから「リサーチを通じてまちを知る」って言い方もできるんだけど、どっちかって言うと建築の方向に向かってるリサーチなんだよね。
でも僕としては、「まちそのものを知る」って視点のほうが大事なんじゃないかと思ってる。ただ、「まちを知る」って表現って、ちょっとふわっとしすぎてて、もう少し現実に即した言い方が必要だなと。
柴田:たとえば「課題」とか?
榊原:そのほうがしっくりくる。ただ、おそらく2000年代後半からは「社会課題にデザインがどう応えるか」っていう「課題発見」「課題解決」の流れがまちづくりの文脈で強くなってきたけど、そもそも社会課題ってめちゃくちゃ捉えにくい。市民に聞けばわかるってもんでもないし、話を聞いたからってすぐ見えてくるわけでもない。

だからこそ、「課題の捉え方」の解像度を上げる必要があると思ってる。たとえば、通り一本違うだけで人の流れがパタッと消える、みたいなことってあるじゃない? ああいうのって、誰かが言語化したわけじゃなくて、現実にただ起きてる現象なんだよね。人通りがなければ出店もないし、滞留する機会もなくなる。そのひとつひとつが「課題」のタネになるんだけど、むしろその背景にあるリアルな地域の特性をどう拾っていけるかが大事。リサーチはそのための手段であって、目的じゃない。
「ことととぶき」の方向性を決定づけた“断られた取材”
柴田:一番最初に、某大手設計事務所が手がけた特別養護老人ホームに取材しようと思ったときに、断られた話って、覚えてる?
当時はその施設の設計がすごく先進的だと思っていたので、ぜひ話を聞きたいと思って連絡したけど、そしたら、「あなたは出版社の人でも研究者でもないから、うちのノウハウをタダで開示することはできません」と、けんもほろろに断られてしまって。
でもあとから聞いた話だと、その事務所の中では若手のスタッフたちが「今の時代、こういうメディアにも情報をオープンにしていくべきだ」って議論になったらしい。「書籍にだって図面とか出してるんだから」っていう声もあったみたいで。そういう後日談を聞いて、「あ、やっぱりそうだよね」と思った反面、私はあのとき断られたことは結構根に持っていて(笑)。
榊原:がはは(笑)。
柴田:結局、設計者ルートでの取材はやらなくなった。ちょうどその頃、コロナ禍でクラブハウスが流行っていて、そこに意識の高い介護事業者さんや職員の方たちが集まって、すごく活発に議論していた。それを見て、「これはチャンスかも!」と思って、「『ことととぶき』という活動を始めようとしてるんです」と話したら、「それはすごくいいですね!」って応援してくれる人がたくさんいて。
それからは、そこで私が興味を持った事業者さんに取材に行くようになって、それが最近まで続いていた。で、実際に取材先の事業者さんに話を聞いてみると、設計について「ここはちょっと失敗だった」というような本音が聞けたりする。これは、設計者側からはなかなか言えない話。責任問題にも関わってくるし。
榊原:なるほどね。
柴田:今振り返ると、あの設計事務所に取材を断られたのは、むしろ良かったなって思ってる。結果的に、空間に関するメディアなのに設計者に話を聞かないっていうのが、『ことととぶき』の方向性を形づくるきっかけになった気がする。

【取材の一コマ】『憧れの施設』を案内してくれる池田介護研究所の池田さん
榊原:たとえば前に夜間景観の調査を受託したときのことなんだけど、最初にデザイナーに話を聞きに行くと、「ここはこうあるべき」とか「こういう雰囲気にしたかった」って理想の話をたくさんしてくれると想像した。でも実際に現地に行ってみると、そもそも人がほとんどいななかったり、デザイナーの想定とは異なる使い方がされていたりして、理想と現実のギャップがけっこうある。だからそのプロジェクトでは基本的にデザイナー側のヒアリングはしなかったんだよね。
やっぱり設計者って、基本的にはクライアントがいて、その期待に応えるかたちで仕事を進めるから、どうしてもクライアントとの関係性の中で見えてくる風景がある。でも、そのクライアントと設計者とでは、見てる視点とか重視してる基準が全然違ってたりする。設計者はそれぞれの「美しさ」や理念を重視するけど、クライアントや現場の人たちは「ちゃんと使えるか」とか「運営が回るか」みたいな、もっと現実的なところを見てる。
だから『ことととぶき』では、設計者よりもむしろクライアント側、つまり施設を実際に使ってる人や働いてる人たちの声にしっかり耳を傾けることを大事にしてる。もちろん設計者の視点も重要なんだけど、それはあくまでバランスの話。理想を語るだけじゃなくて、現場のリアルをちゃんと見て聞いて伝える。一方で「現実」だけを重視して、大局的な視点を持てないと意味がない。「バランス」っていうのはそういうことで、このスタンスが『ことととぶき』らしさだと思うんだよね。
関係を育てる取材
柴田:長崎行ったり青森行ったり、取材自体はほんと面白い。「ことととぶき」の思いを汲み取っていただいて、前日の夜から取材先の事業者の方とたくさん議論できたりするんだよね。ああいうのって、もはや単なる取材じゃないなって感じがする。

【取材の一コマ】ながよ光彩会の運営する特別養護老人ホーム「かがやき」の中に併設されている、就労継続支援B型事業所「GOOOOD KAGAYAKI」での作業も見学させてもらう
榊原:いや、それ大事だよね。現場を1〜2時間見て、それだけで記事書くっていうのも、業務としてはあるあるだけど、それだけじゃやっぱり見えてこないものもあるし。
『ことととぶき』の場合は、記事一本で終わらせずに、2本3本と継続的に関われる余地があるし、実際にそうやって関わっていくほうが合ってると思う。前日入りしたり、取材終わったあとにもう一回会ったりして、関係をちゃんとつくりながら記事にしていけるっていうのは、普通の取材とはちょっと違うと思うし。そういうスタンスを前提として見せていくっていうのは、けっこう大事だよね。
設計のまなざしが変わった
榊原:ことととぶきを運営して、何か変わった?
柴田:さっき言った、あの憧れの特養。実は見学に行ったんですよ。取材先の人が「柴田さんがそんなに言うなら一緒に行きましょう」って言ってくれて、先方に連絡してくれて。
見ると、建築的には本当に面白くて、ユニット型特養の法規を特殊な解釈をして、数学的に平面計画を組んでいて斬新。でも、「ことととぶき」でいろんな取材を重ねたあとに改めて見てみると、「介護空間としてはちょっと厳しいな」と思うようになった。
榊原:どういうところが厳しい?

【取材の一コマ】「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」では家族で宿泊させてもらって、過ごし方やまちの雰囲気を体験する
柴田:例えば、ずっと同じような空間が続いていて、アイレベルで経験すると「今どこにいるのか分かりにくい」とか。利用者もスタッフも混乱しやすいし、そもそも変化がない施設だなと。前は設計的視点だけで見ていたけど、今は利用者やスタッフ、そこにどんなアクティビティがあるのか、そういう視点も自然と考えるようになった。
現場の声や、アクティビティを意識して設計している人たちを取材したことで、設計の見方がすごく変わりました。
榊原:つまり、複眼的になったってこと?
柴田:そう。前は鳥観図的に面白がってたけど、今は視点がだいぶ地に降りてきた感じ。
ことととぶきは「建築メディア」なのか?
榊原:柴田さんも僕も建築の分野にいるから、『ことととぶき』も建築のメディアだととらえているけど、そもそも「建築メディアって何?」って思ってる人、けっこういると思う。たいていは「完成した建物を紹介するもの」ってイメージで、たとえばLIXILがサイトで「建築と社会」をテーマにした記事を公開しているけども、建築の専門家とか学生が読むもので、一般の人向けというわけではない。
一方で『ことととぶき』を建築メディアとして見てる人は少なくて、いたとしても「高齢者施設を通じて高齢社会に取り組んでるプロジェクト」っていうくらいの認識なんじゃないかな。今の主流は、『architecturephoto』とか『Archidaily』みたいな、ビジュアル中心で「完成品を見せる」タイプのメディアで、そういうのは「アウトプット重視」。だから逆に、建築をめぐる議論とか、社会的な問いを共有していくようなプラットフォームは、ほんと少なくなってる気がする。昔は『10+1』みたいな場もあったけど、今はあんまり見かけない。
そういう中で、『ことととぶき』はちょっと異色で、ただ事例を紹介するんじゃなくて、「行って、見て、聞いて、滞在して」っていうプロセスごと伝えてる。単なる情報発信じゃなくて、ちゃんと「違い」とか「現場のリアル」を拾おうとしてる感じがある。言うなら「デザインリサーチジャーナリズム」って感じ。それをもう4〜5年もブレずにやってるのは、けっこうすごいと思う。
柴田:丸4年かな
榊原:なんかこう、これから先の10年以上やっていくことを考えると、もう少し明確なスタンスが必要なんじゃないかって思うんだよね。
というのも、デザインリサーチをやってる人自体は少なくなってないとは思うんだけど、それをウェブでしっかり紹介している人って、今はあまり多くない気がする。
まして、それを「ジャーナリスティック」に、きちんと伝えようとしている人となると、さらに少ない印象がある。
だからこそ、そういう方向に振り切るというか、ちゃんとスタンスとして打ち出していくことが、かえって引っかかりになるというか、面白がってもらえるポイントになる気がするんだよね。
あと、記事の数もかなり増えてきたから、そろそろアーカイブの整理とか、情報のまとめ方も考えたいよね。
柴田:そうだね
榊原:もっと、過去の記事がもっと見つけやすくなったり、アクセスしやすくなったりするような、そういうアーカイブの仕組みにしたいなって思ってるんだよね。
なんというか、“そのまま使い続けられるようなステート(状態)”をきちんとつくっておきたいという感じかな。
柴田:あとnoteを活用するという方法もあるけどね。noteならもっと違う読者層にもリーチできるだろうし。
榊原:そうだね
ということで、「ことととぶき」は新たにnoteをはじめました。
noteでは、これまでの記事をアーカイブとして整理しつつ、テーマや関連性に着目した新たな切り口で紹介していきます。noteはこちらから!!➡️➡️➡️👭👬note ことととぶき👭👬
さて、前編では「これまでのことととぶき」についてお話ししました。
後編では、「これからのことととぶき」について語り合います。どうぞお楽しみに。