RESEARCH
無人駅に作られた、地域の拠点カフェ
——長崎県長与駅内「GOOOOOOOD STATION」
Writer:Yuko Shibata

長崎県西彼杵郡長与町、1日の乗車人員がわずか1500人程度の無人駅[※1]である長与駅の中に「GOOOOOOOD STATION(以下:グッドステーション)」というカフェが登場しました。このカフェ、実はスタッフが駅員さんの役割も担っています。運営するのは、「ながよ光彩会」という地元で高齢者福祉事業を展開する一企業です。小さな民間企業がJRの乗降介助を請け負うという事例は、実はこれまでありませんでした。
この日本初の取り組みが、どうやって生まれたのでしょうか?その背景には、増加する無人駅や介護業界が直面する「2040年問題[※2]」という日本全体を覆う課題の存在があります。この取り組みについて、詳しく見ていきましょう。
※1:長与駅は昼の12時以降に駅員不在となる時間規制駅です
※2:2025年から始まった「超高齢化社会」がそのまま増加を継続し、2040年にピークを迎えると予測されています。
無人駅の増加と国のガイドライン
少子高齢化は、私たちが依存する公共交通機関にも影響を及ぼし始めています。その一例が鉄道駅の無人化です。2020年3月時点で、日本全国にある9465の鉄道駅のうち、4564駅が無人駅となっています。無人化されるのは、見通しの良い小さな駅だけでなく、橋上駅舎のように階段などで昇降が必要な見通しの悪い大きな駅も対象となっており、問題が発生した際の対応策を十分に考える必要があります。
こうした状況に対応するため、国土交通省も「駅の無人化に伴う安全かつ円滑な駅利用に関するガイドライン」を策定するなど、対応を進めています。
ガイドラインには、「障害当事者の要望を踏まえた鉄道事業者の環境整備」や「地域との連携」などの指針が示されており、駅の無人化により利用が困難になる人々を減らすための取り組みが早急に求められています。

長与駅ホーム(車両は2020年から導入されたYC1系)
無人駅の割合が特に多い都道府県として、上位から高知県(93.5%)、徳島県(81.6%)に長崎県(79.6%)が続きます。この無人駅がおよそ8割を占める長崎県で、ある無人駅を地域の事業者がサポートしようとするプロジェクトが始まりました。
無人駅の変革!障害者就労支援として駅でカフェを運営
長崎駅からわずか7km、電車で15分の場所に位置する長与駅。長与町の中心にあり、長与町の主要な駅として親しまれています。駅の改札の目の前にできたグッドステーションは、一見するとおしゃれなカフェですが、そのスタッフが駅員の役割も担っているという特徴があります。この取り組みの背景には、無人駅が抱える課題の解決と地域社会への貢献がありました。

長与駅の時刻表(通勤の時間帯以外は1時間に1本の電車となる)
グッドステーションは、ながよ光彩会が2023年から始めた就労継続支援事業の中で制作された商品を販売する店舗として位置づけられています。この事業の設立の理由には、高齢者福祉事業者が直面する将来的な問題への対策も含まれています。
「私たち高齢者福祉事業者における将来的な課題は、2040年に高齢者数のピークを迎えた後の施設の運営です。高齢者の減少に伴い、多くの高齢者施設は不要になり廃業が進むと考えています。そこで、私たちは支援の範囲を広げ、障害者就労支援を開始しました。障害者は将来の高齢者福祉事業の『顧客』でもあります。彼らが高齢者になっても継続的に利用できる、長期的に付き合っていける施設を目指しています。そして、高齢者のみならず20〜30代の職員が将来に不安に感じることがなく、安心して働ける法人を目指しています。」
そう語ってくれたのは、ながよ光彩会の理事長である貞松徹さんです。彼らはこのプロジェクトで、民間の小さな企業がJRの乗降介助を請け負うという、日本初の実績を作り上げました。彼らを突き動かした背景には、長与町の事情がありました。
主要な駅が無人化になってしまう!
長与駅は長与町の主要な駅であり、JR長崎本線の単線区間に位置しています。1日の乗降者数の変遷を見ると、コロナ禍による一時的な減少を除いて、過去20年以上にわたりほぼ横ばいを保っています。これは、この地域で電車が交通インフラとして継続的に需要があることを示しています
長与町は、段階的な住宅地の開発を経てベッドタウンとして発展しました。その結果、2010年には約4.26万人に達しましたが、2024年現在では約3.98万人にまで減少しています。また、高齢化率については、2025年には28.7%[※3]に達すると推計されています。
※3:長与町人口ビジョン (令和2年度改訂版)による

JR九州の長崎本線の路線図(国土地理院の地図をもとに柴田木綿子建築設計事務所作成)

長与駅近辺の住宅地の分布図(国土地理院の地図をもとに柴田木綿子建築設計事務所作成)
長与駅は、長与町内にある他の3つの駅に比べて、ハンディキャップを持つ人に優しい駅だと言えます。ロータリー、エレベーター、トイレ、待合室などの設備があり、利用しやすい環境が整っています。

長与駅正面口(東側):ロータリーにはタクシー乗り場の車寄せがあり、車椅子でも使いやすい構造となっています。車寄せの向こうにはエレベーターや男女別のトイレが整備されています。

長与駅裏口(西側):道路の手前にある陸橋は、まっすぐ東側に続いて自由通路となっています。こちら側にもエレベーターが整備されています。
そんな長与駅ですが、JR九州は業務運営の効率化のため、2020年に長与駅を含む長与町内の3駅を日中の利用者数が少ない時間帯に限り、無人駅に変更しました。しかし、長与駅はハンディキャップを持つ人々にとって重要な駅であり、無人化によって利用が困難になる人も現れるはずです。この懸念を受け、長与町で高齢者事業を運営していた光彩会が、長与駅の管理に名乗りを上げたのです。

隣の乗車人員約500人の高田駅は、20段程度の階段でホームにアクセスするような構成。町内の長与駅以外は、片側ホームという仕様となっています。
まちの拠り所「GOOOOOOOD STATION」

待合室の隅のカフェ部分
グッドステーションは、駅の改札の向かいにある、もともとはコミュニティーホールとして作られた広い待合室の中にあります。実際に事業のために借りているのは、待合室の隅にある約14m2の小さなスペースです。この待合室は、誰でも無料で利用できる駅の待合室としての機能を維持しつつ、グッドステーションによるコーヒーやクッキーなどの軽食を提供しています。
営業時間は11時から19時までで、カフェでのサービスと並行して、無人駅となった長与駅で駅員の役割も担っています。業務内容は、切符の回収、清掃、車椅子の方などの乗降介助、案内業務などです。

待合室奥から入口側を見る

入口側から待合室奥を見る。左側の棚は就労支援事業で障害者によって作られたプロダクトを販売している
待合スペースの一角では、ながよ光彩会が運営する就労支援事業の利用者が製作した製品が販売されています。また、まちの散歩道やカルチャースクールなどの情報も掲示されており、訪れる地域の方々が長与町で行われている活動を知ることができます。この情報の公開は、むしろ地域の方々を対象としたものであり、まちの公共空間としての役割を強調しています。これによって駅に用事がなくても、気軽に立ち寄ることができる、そんな雰囲気が漂っています。

グッドステーションの平面図(通路の反対側には駅の改札があります。)
待合室内では営利目的の営業が禁止されています。それでもグッドステーションがここで「営業」できるのは、カフェが就労支援事業として運営されており、営利目的ではないためです。
実はこの長与駅、建物の所有構造とそれによるルールがとても複雑でした。
駅の所有構造とルールをうまく飛び越えた事業計画
長与駅は、線路を挟んだ南北を繋ぐ跨線自由通路を併設する橋上駅舎となっています。
待合室は町の所有なので、公共性のある活用が求められています。営利目的の営業ができないのはそのためです。実際、選挙時には投票場として使用されることもあり、公民館のような役割も果たしています。

駅の裏側(西側)。陸橋がそのまま屋内の自由通路に繋がります。

西側から自由通路を見る。左側奥にグッドステーションがあります。

改札横のみんなのトイレ

改札の左には待合用のベンチが置かれています。
町が所有するその他のスペースには、駅の東側のロータリーや自転車置き場、トイレがあります。通常、駅のトイレは改札内にありますが、この駅では町の所有であるためか、改札外からも利用できるようになっています。
待合室の前を通る跨線自由通路は長与町の「道路」として扱われています。このため、道路交通法に基づき、通常の道路同様にその上に物を設置することは禁止されています。しかし、グッドステーションの前にある水色のベンチは、交渉の結果、営業時間内に限り設置が許可されています。
一方で、改札からホームまでの範囲はJR九州の所有となります。このように、長与駅は誰がどの部分を所有しているのか、という関係性が複雑になっています。

長与駅を中心とした航空写真(出典:国土地理院[https://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html])

駅全体の平面図(青色:道路扱いの部分 / 赤色:長与町の所有の部分)
ながよ光彩会は、この複雑な条件を創造的にときほぐし、グッドステーションを拠点にすることで、町所有の公共スペースにあるカフェという就労支援施設とJR九州所有の駅の管理の簡易委託契約をうまく組み合わせ、事業を成立させています。
まちを見守るコンシェルジュという役割を担う
長与町は住宅地という特性からか、カフェのように集えるような場所が少なく、子供たちが無料で集まれるようなスペースも不足しているという悩みがありました。
グッドステーションの利用者には、勉強しにくる父子や、仕事帰りにちょっと一息するサラリーマン、ベンチでおしゃべりする学生や、まち歩きを考案する高齢者、夕方塾帰りに駅で車の送迎を待つ女の子など、長与町の様々な世代が集まっています。
ある日には、家出をしようとしている中学生に、グッドステーションで作業をしていたスタッフが相談を受けたこともあるそうです。そんな風に、このグッドステーションは、地域の方の拠り所となっています。

改札から見たグッドステーション
「駅員さんって、僕はコンシェルジュだと思うんですよ。そのまちのことをめちゃくちゃ知っている。」
と貞松さんは言います。その言葉通り、高齢者施設の利用者が行方不明になった際、長与駅の駅員さんが見覚えがあり、結果的に無事発見されたというエピソードがあります。今後、長与駅では駅員さんが担っていたまちを見守る役割を、町とも深い関わりがあるグッドステーションのスタッフが引き継ぐことになります。
駅を拠点に福祉を伝えていく
さらに、貞松さんは、グッドステーションで福祉を伝える拠点としても活動を始めています。その一環として、「小さなバリアに気づく力を育む」ことを目的としたユニバーサルアクションプログラムを実施しています。このプログラムは、遠方の学生が障害について学ぶために受講することもあるといいます。

ユニバーサルアクションプログラム冊子(さまざまなハンディキャップを持つ方々の視点に立ち、考えるきっかけを提供しています。)

ユニバーサルアクションプログラム冊子1ページ目(長与駅で行われている活動についても紹介されています)
駅という立ち寄りやすい場所を交通のための利用だけにとどめず、地域住民が集まり、つながる場として活用し始めたことは、都市機能の活性化にも成功しています。そして、小さな無人駅の問題を解決しようと始まった事業は、やがて大きな鉄道会社にも影響を及ぼし、線路を通じて徐々に福祉の眼差しを広めています。
高齢者福祉事業の将来を見据えて始まった障害者就労支援事業が、結果的に地域の高齢者だけでなく、この路線を利用するハンディキャップのある方々への理解を深め、住みやすい町を築く広範なまちづくりの一翼を担いました。町の玄関にある福祉の拠点は、これからもさらなる発展が期待されます。
