RESEARCH
介護保険に頼らない自立した介護事業を目指す
—株式会社池田介護研究所 池田右文インタビュー
Interviewee : Migifumi Ikeda Interviewer&Writer : Yuko Shibata

八戸市の住民基本台帳によると、2024年の人口は約21万人。高齢化率は2025年に34.3%[※1]に達すると推計されており、全国的にも高齢化が進む地域の一つです。
そんな八戸市で、高齢者が「働くこと」を目的としたユニークなデイサービスが注目を集めています。それが、株式会社池田介護研究所が運営する 「無添加お弁当 二重まる一番町(以下、二重まる)」 です。
この取り組みは、2014年に「かなえるデイサービスまる」としてスタートしました。当初は畑仕事をメインとする「はたらくデイサービス」として運営されていましたが、「二重まる」ではさらに、収穫した野菜を使ったお弁当作りも「仕事」として取り入れられました。
さらに2024年には、八戸市から少し離れた三沢市にある星野リゾートの敷地内に、カフェと地域の憩いの場を併設したデイサービス 「サードプレイス ミサワ」 もオープンしました。
今回は、「はたらくデイサービス」という独自の形を11年間にわたり実践し続けてきた池田右文さんに、その取り組みや課題、そして今後のビジョンについてお話を伺いました。地域に根ざしながら、新たな可能性を探り続ける池田さんの挑戦は、高齢化社会における理想的なサービスの形を示しています。
※1:第9期八戸市高齢者福祉計画による
1.現役年齢が長く、元気な高齢者が多い漁師街
――八戸の地域の特徴と高齢化社会の特徴を教えてください
八戸市は漁港の街なので、海で従事していた高齢者が多いと思います。あとは農業など、今の80、90歳の方は一次産業でお仕事された方が多く、そうした方々は、「60歳で定年」という働き方ではなく、事情が許す限り80歳頃まで現役を続けることが一般的なようです。農村部に行くと、85歳でも農業で元気に働いている方を見かけます。今は工場も増え、団塊の世代の人などは別の産業に携わる人が多くなり、仕事としてはデスクワークの方へシフトしていると思います。土地柄としては、かつては南部地方は米が採れなかったので、郷土の食としては小麦を使った食事が多いというのも八戸の特徴です。気候的には、「山背[※2]」という風があるので、冬に積雪はないけれどとても寒く、道路が凍結したりするという特徴もあります。
※2:北海道や東北、関東などで吹く北東の冷たい湿った風
――道路の凍結というのは、どういう影響を及ぼすのでしょうか。
八戸は積雪が少なく、雪と凍結では雪の方が不便です。雪が積もると玄関から出られませんが、凍結なら外に出ることは可能です。ただし、凍結の最大のリスクは転倒です。デイサービスの利用者が買い物中に転倒し、大腿骨骨折で動けなくなるケースも少なくありません。しかし、外出を控えるとADLが低下し、さらに動けなくなるため、一概にどちらが良いとは言えません。あと、凍結による送迎の影響はほぼありません。
2.お弁当の収益が目的ではない「お弁当作り」
――たくさんのアクティビティはどのように運用されているのでしょうか?
職員は利用者さんの希望を聞きながら、行事を実施しています。外出のイベントがある場合は、参加しない方は施設内で過ごすといったように、それぞれの意向に応じて柔軟に対応できる仕組みになっています。
この事業が実現できているのは、職員や調理師など、関わるすべての方々の理解と協力があるからこそです。特に重要なのは、利用者の皆さんが「働く」という目的を持ってデイサービスに通っていることです。
例えば、体操一つをとっても、「目的を持って取り組む」という姿勢が利用者の皆さんの意欲につながります。これは、うちのデイサービスの大きな強みです。単に金銭的な利益を得るためではなく、働くことで主体的に行動する習慣が身につくことこそが、最も大切な価値だと考えています。
で、お金ももらえるという。でも、当日までみなさんすっかり忘れてますけどね(笑)。「今日、給料日なんだ!もらえるの?ありがとう」みたいな感じです。

給料日。一人一人手渡しで「あいがとうございます」の言葉と一緒に給料が渡されていきます。
――お弁当屋さんの経済性について教えてください
それは、販売数や原材料費によって大きく左右されます。例えば、一度に90個売れた場合は一定の収益が見込めますが、コストの影響を受けやすく、現在のところ大きな利益が出る状況ではありません。特に、こだわりの食材を使用しているため原価が高く、さらに原材料価格の高騰も重なっています。そのため、販売価格を600円に設定しても、利益はわずか100円から150円程度にとどまっているのが現状です。

無添加弁当二重まる一番町で作られた仕出弁当は、一般の方にも販売していますが、多くは池田介護研究所の他のデイサービスの昼食の弁当を作るセントラルキッチンとしての役割を持っています。
コロナ前は、主に外販が中心で、市役所への販売や予約注文の配達などを行っていました。しかし、お弁当の価格が値上がりしたことで、顧客が離れてしまい、商売の難しさを痛感しました。さらに、コロナの影響で利用者さんと一緒に販売に行けなくなったことも大きな打撃でした。かつては、外販でカートを推しながら歩くことが、利用者さんのリハビリの一環となっていたからです。
二重まるで最も大切にしているのは、お弁当で利益を上げることよりも、利用者さんが元気に通い続けられる環境を維持することです。しかし、今後の介護保険制度の縮小を見据えると、お弁当販売をビジネスとしてより安定させていくことも重要な課題だと考えています。
――アクティビティを通しての気づきはありましたか?
利用者さんそれぞれに得意分野があることを実感する場面が多々あります。例えば、元看護師の方が職員に代わってバイタルチェックを行い、健康管理を手伝ってくれることもありました。
また、これまで計算を担当していた利用者さんが、ある日突然計算ができなくなることに気づくこともあります。こうした小さな変化を、「おしごと」を通じていち早く察知して支援に繋げられるのは、「はたらくデイサービス」ならではの強みです。
利用者さんの「できること」を尊重し、「できないこと」をサポートして、それぞれが無理なく役割を果たせるように支援するのが、職員の仕事になりつつあります。
3.共生型デイでの失敗とそのメリット
――共生型デイサービスを運営していて、難しい点はありますか?
「二重まる」では共生型デイサービスを立ち上げ、現在6年目を迎えています。その効果を実感し、約3年後には放課後デイサービスも開始しました。
しかし、障害児と高齢者を同じ空間で受け入れるには課題も多く、特に送迎の負担が大きな問題でした。子どもと高齢者の送迎を合わせると1日5〜6回に及び、職員の負担が増大。そのため、職員が2〜3人送迎対応に取られ、業務全体が回らなくなってしまいました。さらに、利用者が一定数いても収益が見込めず、最終的に放課後デイサービスは撤退を決断しました。
――共生型デイサービスのメリット、障害者と高齢者の混在が生み出す良い効果というのは何ですか?
以前、先天的な障害を持つ高齢者が一般的なデイサービスに馴染めなかった経験を踏まえ、「二重まる」では当初から障害者と高齢者の両方を受け入れる方針を取りました。
実際の運営では、障害者の方が通い始めて安定するまでに、体調や精神面の波があり、高齢者の利用者が戸惑う場面もありました。「やはり怖い」と感じる声があったのも事実です。しかし一方で、高齢者の方々が障害を持つ利用者を「孫」のように接し、温かく見守る関係が生まれたことは、共生型ならではの良い効果だと感じています。

お弁当にシールを貼る障害のある利用者さん
また、統合失調症を抱える40代の利用者が卒業した際、大きな成長を感じました。最初は会話が少なかったものの、徐々に本来の性格が表れ、精神的に強くなっていったのです。特に「自分より弱い立場の高齢者が懸命に頑張る姿」に共感し、「自分も頑張ろう」と思えるようになったことが大きな変化でした。高齢者の前向きな姿勢は、周囲にも良い影響を与えるのかもしれません。
4.介護保険に頼らなくても良い事業が最終目標
――今後の目標を教えてください
現在、「まる」「二重まる」「サードプレイス」という3つの拠点を運営していますが、特に「サードプレイス」は、私が目指すデイサービスの最終形に近い場所です。

サードプレイスミサワの平面図

左に見えるのがサードプレイスミサワ。奥には星野リゾートへの道が続く。
――元から、観光業と介護事業の一体化を目指していたのでしょうか?
当初は明確に目指していたわけではありませんが、単なる福祉施設ではなく、誰もが気軽に訪れ、多様な活動ができる場を作ることが目標でした。今後の課題は、介護保険に依存しない持続可能な仕組みを生み出すことです。

サードプレイスミサワのカフェ部分。

手前はサードプレイスミサワのスタジオ。奥にはデイサービスが続き、大きな建具で仕切られる。
「サードプレイス」は飲食を提供する場として理想に近いものの、現状では介護保険を利用したデイサービスにとどまっています。今後は、道の駅などで利用者が働ける環境を整え、仕事を通じて生計を立てられる仕組みを作りたいと考えています。働く場がそのままコミュニティとなり、結果的にデイサービスの役割を果たす形が理想です。これが実現すれば、将来的に介護保険が縮小しても、事業を継続できると考えています。

手前はデイサービス。奥にはスタジオ、カフェが見える。

画像はデイの玄関のロッカー。無添加お弁当二重まる一番町のロッカーは外出や作業には小さいのと場所が悪いので使いづらいという経験を活かし、玄関と廊下の両側から使えるロッカーを作った。
――改善点があれば教えてください。
まだまだ改善すべき点は多くあります。ひとつは、農業を通じて漬物などを作っても、それが販売につながらず、利用者へ収益を還元できていない点です。この課題を、今後3年くらいで解決したいと考えています。
また、福祉施設で作られる製品を「福祉」の枠組みでブランディングするのではなく、純粋に「おいしいもの」として評価される商品を生み出すことも目標の一つです。そのうえで、「実はこれを作っているのは、おじいちゃん・おばあちゃんなんです」という形で伝えられるようにしたいと考えています。
池田介護研究所の「はたらくデイサービス」は、高齢者が社会とつながりながら、自分らしく生きるための新たなモデルを提案しています。ただ支援を受けるのではなく、「働く」ことで役割を持ち、生きがいを感じられる仕組みは、高齢化が進む日本において、介護の在り方を見直す重要なヒントとなるでしょう。
また、この施設では、限られた空間だからこそ、多様な目的を持つ利用者が交わり、思いがけない相乗効果が生まれています。例えば、本来別の活動のために訪れた人が、お弁当作りに関わるようになるなど、目にしたことをきっかけに興味が広がり、新たな挑戦へとつながる場面も増えています。さらに、利用者同士が互いの得意・不得意を補い合いながら、自然に助け合う関係が築かれているのも大きな特徴です。
「それぞれができることをやっていく」——この池田さんの言葉は、高齢者施設が単に支援を提供する場にとどまらず、地域社会と融合し、共に支え合う存在であるべきことを示唆しています。