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法改正で施設はどう変わる?—介護報酬改定を高山善文さんに聞く

Interviewee:Yoshifumi Takayama Interviewer:Yuko Shibata Writer:Hideto Mizutani

去る2021年4月に介護報酬改定が行われました。

今回はこの改定内容が高齢者施設の設計や建築にどのように影響するのか、『図解即戦力 介護ビジネス業界のしくみと仕事がこれ1冊でしっかりわかる教科書』の著者であり、介護コンサルタントの高山善文さんにお話を伺います。

高山さんは、介護現場での経験がありながら、現在では高齢者施設の事業者や東京都福祉サービス第三者評価者としての顔もお持ちで、ビジネスとしての高齢者施設だけでなく、利用者の「住居」として、そして職員にとっての「職場」として、様々な観点で高齢者施設を見つめています。

改定内容は施設の設備基準といったハードに関するものから、介護そのものに関するものまで多岐に渡ります。その改定内容を見ていくことで、国が目指す介護のあり方を知ることができます。高山さんの考えも盛り込みながらその内容を多面的に紐解いていきます。

2021年介護報酬改定の概要

具体的な改定内容は、以下の5点です。
1. 感染症や災害への対応力強化
2. 地域包括ケアシステムの推進
3. 自立支援・重度化防止の取組の推進
4. 介護人材の確保・介護現場の革新
5. 制度の安定性・持続可能性の確保

今回の改定は、コロナ禍を踏まえた感染症対策の強化と、高齢者人口がピークを迎える2040年に向けた財政面・人材面の改善の2点を目指していると言っても良いでしょう。

ユニット型特養[※1]における利用者定員の増加

──厚生労働省の省令[※2]が改正され、ユニット型特養の定員上限が1ユニットあたり10人から15人に拡大されました。この省令改正にはどのような背景があるのでしょうか?

常勤換算方法で利用者3に対して1以上の介護職員又は看護職員を配置するという規定があり、図の職員の人数はそれにより算出しています。

今回の介護報酬改定にあたって、厚生労働省は事業者がつくる業界団体から意見を聞く場を設けています。その中で、業界団体から1ユニットの人員規準を緩和してほしいという意見が出ました。背景には介護人材が足りないという現実があります。

介護保険制度では、人員規準といって厚生労働省令で定められた人員の配置が義務付けられており、人員が配置できない場合、介護報酬の減算というペナルティがあります。介護事業者は人員基準の緩和により、介護人材を有効に配置し、かつ人件費も圧縮することで収益性を高められるという利点もあるのです。

また、2021年12月20日に開催された政府の「第7回 医療・介護ワーキング・グループ」では、介護施設の人員配置基準の緩和を促す検討がされました。会議の議事録によると、将来的なICT化により、有料老人ホームなどでは人員配置基準の3:1から4:1への緩和が提言されています。
参考URL:https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/iryou/211220/agenda.html

高齢者は2040年代まで増え続けます。すでに社会保障の財政が逼迫してきており、介護に従事する職員はさらに不足してきています。介護保険制度においては、財政と人材の不足が予想されており、この2点の解決が大きな命題となっています。


──夜勤についても教えてください。夜勤では、2ユニット(旧法令では最大20人)を1人の職員が見ることが慣例になっています。そこからさらに最大10人増えるのは運用上問題ないのでしょうか?

夜勤の人員配置上、建築計画では2ユニット間に職員スペースを設けることが多く、夜勤の職員はこの2ユニットを1人で対応します。

特別養護老人ホームなどの介護保険サービスには、介護サービスの質を担保するために人員の基準(厚生労働省令)によって夜間帯の職員数が定められています。しかしながら現状としては、多くの介護事業者は(基準通り)最低限での人員規準で運営しています。基準には夜間の職員の配置人数を手厚くした場合に介護報酬が上乗せされる加算を定めていますが、どこまで人員を手厚くできるかは施設の運営方針などによって異なります。

運用上は法令を遵守していれば問題ないということになりますが、利用者にとっては介護サービスの提供に支障が生じないのか、介護職員にとっては負荷が過剰なものにならないかを確認していく必要があると思います。

人員配置基準の緩和と同時に厚生労働省が旗振り役となって行うのが、業務効率を上げるツールの導入です。


──例えば、どのようなツールが導入されるのでしょうか?


1つは見守り機器です。部屋の中にカメラを設置するところもありますが、ベッドセンサーを導入することが多いですね。導入によって、介護職員による夜中の見回りの効率が上がり、介護職員の負荷の軽減が図られるという検証結果も出始めています。

もう1つはインカム[※3]です。こうした機器を施設内で介護職員が装着するケースが増えています。かつてはナースコールやPHSが主流でしたが、インカムの場合、リアルタイムでどこで何をしているか伝え合うことができるのが特徴です。

※1 特養:特別養護老人ホーム
※2 経済産業省、厚生労働省などの特定の省が決めるもの
※3 インカム:イヤホンマイク、またはヘッドセットを装着して会話ができる通信機器。相互通信が可能で、近年では保育園などでも使われ始めています

グループホームの夜勤職員体制の緩和

──省令の改正で、グループホームの夜勤職員体制が1ユニット1人以上から、3ユニット2人以上に緩和されました。3ユニットとなると、大きな敷地が必要になります。市街地などではこの緩和を使うのは難しそうですね。

今回のグループホームの改正は、3ユニットの場合に、各ユニットが同一階に隣接していること。かつ職員が円滑に利用者の状況把握を行い、速やかな対応が可能な構造で、安全対策(マニュアルの策定、訓練の実施)をとっていることを要件とする「例外措置」となっています。

ご指摘の通り、同一階であることが条件となるため、設計上は大きな敷地が必要となる可能性があります。運営上については「問題の無いようにしなさい」とあります。今回の改正は今後の人員基準緩和の始まりになるかもしれませんね。

認知症グループホームは介護保険制度が施行された2000年当初、3ユニットを認めていました。2006年の介護保険法改正に伴い、同市区町村内の利用に限られる地域密着型サービスへの移行にあたって、市区町村が規制を行ない、2ユニットが主流となった経緯があります。都心の場合で3ユニットの施設は、ビルで3階建てが多いですね。基準ではグループホームの定員は1ユニット入居者5人から9人になっています。

事業者の本音としては、収益性を高めるために1ユニット9人としたいところですが、都内では設備(面積)が取れず、1ユニットの入居者を5人としているグループホームもあります。


──既存の建物を改修して施設を作る場合に、法令と建物の条件上、1ユニットあたりの人数に幅ができてしまうということでしょうか?


おっしゃる通りです。まず第一にグループホームは地域密着型サービスになりますので、市区町村が作る介護保険事業計画の中で、3年ごとに自治体内で設置するグループホームの必要計画数(入居者の定員数)が算出されます。よって、事業者がたくさん作りたいと思っても、市区町村が抑制をかけていることになります。

第二に介護保険サービスでは、設備基準によって居室の面積が定められているため、事業者としては2ユニット最大定員18人のグループホームが建築・開設できる場所を探し、面積から入居人数を割り出すことになります。つまり、法令と建物の条件によって定員が決まるため、グループホームでは1ユニット5〜9人の入居定員の幅が生じているのです。

ユニット型多床室の禁止

──ユニット型多床室の新設が省令で禁止となりました。しかしながら、ユニット型個室だと入居費が高くなることから、いまだに多床室の要望が多いと聞きます。経済的に入居できない方の受け皿はあるのでしょうか?

低所得者の受け皿は社会のセーフティーネットとして、社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームとなります。1部屋4人から8人の多床室であれば安価ですし、生活保護の人なら負担なしで入れます。それをユニット型を主流とすることによって、生活保護の人が入居できなくなっている実情はあります。

ユニット型は建築コストが多床室タイプより高くなるため生活保護の方は受給される生活保護費で賄えない居住費となります。そうなると特別養護老人ホームのユニット型に生活保護の方は入居できないということになります。社会福祉法人は税制等が優遇され、建築費に多くの税金が投入されているため、行政はユニット型の定員のうち何割を生活保護の方が入居できますか?と聞いてきます。つまりそれは、事業者が自腹を切ってくださいということなんです。


──自腹を切るとはどういうことですか?


事業者が生活保護の方の居住コストの差額分を負担するということです。例えば、生活保護ではない人が月10万円ぐらいかかるところを、生活保護の人が出せるお金は6万円程度であれば、その差額の4万円を事業者が負担するということです。

そうすることで特別養護老人ホームの設置許可が下りるんですが、実際にオープンしたら、生活保護の方が入れるケースは少なくなります。施設側としては全額払える人を優先してしまうという現状があります。

低所得者に対してのもう1つ挙げられる受け皿は、国土交通省が推進している「セーフティーネット住宅制度」[※4]です。要するに空き家活用ですよね。しかし、あまり普及していないのが実情です。

※4 「住宅セーフティネット制度」に基づき登録され、住宅確保要配慮者(高齢者、障害者、子育て世帯など)の入居を拒まない賃貸住宅のこと

福祉用具貸与価格の適正化

──福祉用具のレンタル価格の適正化はどういった意図で行われるのでしょうか?


福祉用具はレンタルできるものと販売できるものに分かれています。以前はレンタル品の値付けは自由でしたが、この値付けがあまりにもバラバラでした。そのため、2018年の介護報酬改定でレンタル「価格の上限制」が導入されました。上限値を決めたことによって全体の給付額が絞られたわけです。

福祉用具のレンタルは価格の高い商品(福祉用具)を借りてくれれば事業者としては収益性が上がるので、介護事業者は積極的に営業を行い、価格のより高い商品を利用者に提案します。例えば、レンタル価格5千円のベッドよりも、1万円のベッドの方が性能が優れており、寝心地が良いですよと案内する。そんなケースが増えた結果、介護保険で使われる福祉用具レンタル費用が膨らんでしまいました。この貸与価格の適正化は、膨張し続ける介護保険の給付費抑制策です。


──この改正は在宅介護への補助、要するに在宅介護が今後増えることを見越した処置ということでもあるのでしょうか?


そもそも介護保険は、在宅介護を中心にサービスが拡充されています。施設介護は設置にも財政面でも供給に限界があります。医療と同様に限られた社会資源(社会的共通資本)を配分していくかが問われています。

介護保険には「Aging in Place」=「住み慣れた街で年を重ねる」という考え方が根柢の一つとしてあります。高齢者はできる限り住み慣れた在宅で過ごし、在宅での介護が出来なくなったら施設という考えがあります。このことは厚生労働省が実現を目指す「地域包括ケアシステム」の考え方にも示されています。そうした見方に立てば、今後増加する在宅要介護者に対しての施策としても見ることができると思います。

感染症対策の強化

──今までの施設では利用者と外部、利用者同士の繋がりを醸成する空間がありました。しかし、コロナ禍の今、こういったものの運用が難しいと感じました。施設による感染症対策はどのようなものが挙げられますか?


介護事業者は自然災害や感染症の蔓延で打撃を受けるサービスです。なぜなら介護は医療と同様のヒューマンサービスだからです。そのため、厚生労働省では感染症対策にかなり力を入れてます。その理由は、介護業界は医療業界に比べて感染症に対して医療的な対策が弱いからです。厚生労働省もこのことはよく理解していて、介護事業者への支援として感染症対策に関する多くのマニュアルや動画を公開しています。


──以前、養護老人ホームの設計をしていた時に、施設の方が「扉をつけてユニットを遮断できたら感染症が流行った時にすごく便利だね」とおっしゃっていたのが印象的でした。ユニットの一部や地域交流室などを区切り、感染者が出た時の隔離に使える機能が今後必要とされるように感じます。


まさにおっしゃる通りですが、残念ながら多くの設計計画ではそういった発想はないですね。設計会社の中では、医療福祉を1つの部署で対応している会社もありますが、医療は医療、介護は介護と分かれて、現場を理解せずに設計しているケースが散見されます。私自身も設計会社の人たちが現場の状況を理解せずに施設設計をしている事例を何度も見てきました。今まで作製した施設設計をコピーするだけのパターンが非常に多いと感じています。


──なるほど。法規をただアウトプットして図面化しているということですか?


そうです。現場の意見を聞かずに、法規に従い、自治体との協議で何も指摘されなければ良いという発想ですね。

介護職員の処遇改善や職場環境の改善

──介護職員の働き方に関する改正についてはいかがでしょうか?


このままいくと、生産年齢人口の5人に1人が介護職にならないと介護業界は成り立たないという推計があります。同時に、介護職員の仕事は生産性が非常に低いと言われ続けてきました。今回の職員の働き方に関する改定は、1人あたりの業務効率の向上が目的です。

介護業務にはコア業務と言われるものがあります。コア業務には排泄介助や入浴介助、食事介助があります。介護職員が行う本来の介護業務ですね。また介護職員の業務には事務業務やベッドメイキング、掃除などの周辺業務と言われる業務もあります。国は介護職員は利用者に対するコア業務に集中し、周辺業務はICTや専門アルバイトを雇い、本来の介護業務に集中してサービスの質の向上ができる環境をつくろうとしているのです。


──スタッフのための休憩室や更衣室などの設備をしっかり整備に関する規定は作られないのでしょうか?


職場環境の改善はとても大切なことですが、現在ではどちらかというとハードより人事制度などのソフトの話が多いように感じます。厚生労働省は労働基準法令等によって、ソフトの改善は行いますが、設計や建築といったハード部分はあまり考えられてこなかった歴史があると思います。例えば、介護サービスは「感情労働」と言われます。介護職員が良い感情で利用者と接するためにも職員休憩室や更衣室などの環境整備をもっと強く提言し、基準などにも入れていくことが必要だと私は考えています。

介護業界の未来

──次回2024年の介護報酬改定はどのような改定となるのでしょうか?


2024年の改正は大きな改定になると言われています。介護報酬の改定は概ね3年に一度、医療の診療報酬改定は2年に一度行なわれますが、同時改定となるのが2024年です。よって、2021年の介護報酬改定は次回改定の準備段階と言われています。

2024年の介護報酬改定は様々なことが予想されていますが、国は持続可能な社会保障制度を維持するために「給付と負担」の見直しが大きなテーマとなると思います。具体的には現在利用者負担の無いケアマネジメントの自己負担や、利用者の負担割合の増加などです。負担が増える可能性があるということです。

介護は医療と密接に繋がっています。社会保障という大きな枠組みがあって、その中で医療と介護が同時並行で動いています。ですから、介護と医療を同時に捉えないと全体像が見えてきません。


──最後に、介護業界は長期的にどう変化していくか。高山さんの考えを教えてください。


先ほどもお話しましたが、高齢者介護における問題は人材問題と財政問題の2点です。人材問題に関しては、部分的に外国人やロボットが代替するでしょう。ただ、2040年を境に日本の高齢者人口は減っていくため、単に介護人材を増やせばよいということではありません。質の高い介護人材をどのようにして採用し、定着させていくかなど長期的な視野に立って人材戦略を考えなければならないと思います。

そして財政問題では、2040年以降に団塊ジュニアが高齢者となる時代が来ます。団塊ジュニアは非正規社員や貯蓄がない方が多いと言われているので、介護保険が「保険制度」のままで良いのか、北欧のように税負担を多くして全額公費負担が良いのかなど検討していかなくてはならないと思います。

この2点に向けて、社会福祉法人が運営する特別養護老人ホームの開設もかなり絞られてくるでしょう。国は中小の社会福祉法人を束ねる「社会福祉連携推進法人制度」を整備している最中です。それを踏まえて、地方を中心に高齢・障害・保育が1つの法人に集合化する流れが加速していくでしょう。一方、都市部においては、先ほども言ったお金の問題と、働く人をどう充てがっていくかが大きな課題となっていくと思います。

そして日本の高齢者問題が一段落した時に介護事業者が目を向ける場所は、高齢化するアジア市場だと私は考えています。日本の介護職員が海をわたってアジアで働く日が来るとも考えています。

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今回の改正は2040年までの高齢者の増加に向けて、高齢者施設の定員を増やすことが急務であることと、そして在宅介護が増加することへの対策が練られているように思います。しかし、国がこのような指針を出している一方で、地方行政の動きは鈍く、いまだに前規定で建築計画をするようにと指導されたという事例も耳にしました。今回の改正の建設に関する部分の運用にはもう少し時間がかかるのかもしれません。
人手不足の中、質の維持をしつつ効率的な介護の実現のために、介護に寄り添う建築計画はさらに重要になるといえるでしょう。

高山 善文Yoshifumi Takayama

1966年生まれ。介護現場での豊富な経験を基
に、介護事業者のコンサルティングを手掛ける。講演や執筆活動に加え、介護支援専門員、東京都福祉サービス第三者評価者としても活動。ティー・オー・エス株式会社代表取締役。
【主な著書】『これ一冊でわかる!介護の現場と業界のしくみ』(ナツメ社)、図解即戦力 介護ビジネス業界のしくみと仕事がこれ1冊でしっかりわかる教科書 単行本(技術評論社)など。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。

水谷秀人Hideto Mizutani

編集者/Webディレクター。
1994年、東京都生まれ。京都市在住。慶應義塾大学環境情報学部在学中の2015年、(株)メドレーに入社。オンライン医療事典『MEDLEY』、介護施設検索サイト『介護のほんね』など医療・介護福祉分野のプロダクト開発に携わる。2019年に大手人材情報会社に入社し、 スマートフォンアプリ開発及びメディア運営に従事。現在は金融系スタートアップに勤務する傍ら、テクノロジーやデザイン、医療を軸にフリーでリサーチ・コンテンツ制作を行う。