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数珠建築は持続可能な施設になるのか?

Reseacher&Writer:Yuko Shibata

持続可能な建築が高齢者施設の
持続可能性を担保する

当然のことながら、建築は建てられた瞬間から老朽化が始まります。建築の各部は経年劣化の速度がそれぞれ違い、例えば目地と目地の間を塞ぐ「シーリング」であれば約10年、設備は使用頻度にもよりますが約20年、建築本体は30年〜50年と差があります。

建築は耐用年数の違う部材の寄せ集めとも言え、建築設計は、建てた後のメンテナンスも計画しておくことが大切です。特に大型建築は部材の交換のしやすさで修繕費用が変わるため、建築の「営繕管理」は事業者にとっては死活問題にもなります。

また、医療・福祉系の宿泊型建築(老人ホーム、病院など)は建設工事のために営業休止することが難しく、営業しながらできる「建替え」を計画することが賢明です。そして「街」のような集合体ともなると、一度機につくれば同じ時期に廃れてしまうため、街の状況や時代にあわせてつくっていくことが、持続可能性に繋がると考えられます。

高齢者施設や病院においては、厚生労働省が地域包括ケアシステムの構築を推進していることもあり、地域の福祉インフラとして継続的な運営が必要とされています。今回は、地域との繋がりを断絶せず、営業を続けたまま建設工事が可能な高齢者施設について考えてみたいと思います。

老舗の老人ホームの困りごと

かつて老人ホームは「養老院」と呼ばれ、歴史的に見ると宗教団体や篤志家による慈善行為として現れたものが多く、1963年の老人福祉法の制定により老人ホーム(特別養護老人ホーム・養護老人ホーム・軽費老人ホーム)と定義されました。

私たちが以前設計で関わった特別養護老人ホームもそのひとつで、宗教法人を原点とし、寺の境内の一角で特別養護老人ホームをはじめとする複合施設を運営していました。私たちに依頼されたのは、養護老人ホーム部分の建て替え。しかし、その敷地では養老院時代から長年に渡り増築を繰り返しているため「建て詰まり」を起こしており、同じ敷地内での建替えが難しい状況でした。様々な検討の後、最終的に近くの敷地で養護老人ホームのみを移設することになりました。

養老院であった当時の資料を見ると十分に余裕のある配置計画でしたが、現在は増築の繰り返しにより複雑なプランニングになり、動線が長くなったり内部に使いにくい場所ができたりと、利用上の問題を抱えていました。

このように、建設した当初は余裕がある計画であっても、次第に建て詰まりのような問題を抱える施設は少なくないそうです。ではなぜ、このような状況に追い込まれてしまうのでしょうか?

人権意識の向上と共に
大きくなった施設面積

建て詰まりが起きるほど、この老人ホームが巨大化した理由は、かつての法規に基づいて建てられた年季の入った既存施設を見ればすぐにわかりました。個室の面積が現行法規で定めているよりかなり小さいのです。そして更に老人ホームが大きくなっていった原因をリサーチすると、その大きな原因は以下の2つの理由だと推測できました。

1】「ゴールドプラン」による高齢者施設の定員増加方針
1989(平成元)年に厚生省・大蔵省・自治省の三省合意で策定された、「高齢者保健福祉推進十カ年戦略(ゴールドプラン)」というものがあります。ここでは高齢者の増加に対応できるように、高齢者施設の定員を増やす政策を打ち出しました。特別養護老人ホームの目標床数は以下のように変わっていきます。
【ゴールドプラン(1989年)24万床→新ゴールドプラン(1994年)29万床→ゴールドプラン21(1999年)36万床】

2】特別養護老人ホームの関連法規における部屋面積の拡大
利用者あたりの部屋面積も、年を経るごとに大きくなっていきました。
【4.95㎡(1963年)→8.25㎡(1978年)→10.64㎡(1995年)→13.2㎡(2002年)→10.64㎡(2009年)】

こうした国の方針の変化や法規の改正は認知症や施設に入る利用者への人権意識の向上と共に進歩してきました。そしてその変化にに対応しているうちに、老人ホームはどんどん大きくなっていったのです。確かに利用者あたりの面積が広くなれば、プライバシーの確保などは容易になり、利用者にとって豊かな施設であるように思えますが、建築が大きくなるということはメンテナンス費用や管理のための人員をさらに割かなければならず、事業者にとっては負担になってしまいます。過度ではないサイズの施設をつくるのは事業継続する上では、大切なことだと言えます。2の法規の変遷で、2002年に拡大した面積が、7年後には縮小していることを見てもわかるように、適切な面積に関して試行錯誤しながら法規が改正されているように感じられます。そして今後もこのように法規の改正や需要の変化が繰り返されると予想されます。

では、このような変化に対応できる柔軟さを持つ施設設計とはどのようなものなのでしょうか?下に事例を挙げながら検証していきます。

徐々につくられた街 

参考にすべきひとつとして、代官山にある2.4万㎡という広大な敷地に、1960年代から30年の間に5期に分けてゆっくりとつくられた建築群「代官山ヒルサイドテラス」があります。16の建築によって構成されている複合施設であり、時代ごとの都市の要求や状況に応答しながら、当時何もなかった代官山に徐々に街をつくり、街の人々を巻き込みながら発展させてきました。現在では築50年を超える建築もあり、いずれ建て替えることが予想されますが、段階的に建設を進めていく手法は、街としての賑わいを維持しつつ、時代に寄り添った環境をつくり出す理想的な街のつくり方と言えるでしょう。

そして同時に、持続可能な老人ホームを実現するひとつの理想的な方法だと考えられます。

[*3]代官山ヒルサイドテラス:建築家槇文彦による設計。約2.4万㎡という広大な敷地に建てられた「代官山ヒルサイドテラス」は、住居、レストラン、ブティックといった店舗やオフィスなどが全14棟にわたって旧山手通りを挟む形で入居する低層の複合施設。奥行のある敷地形状を生かして、回遊性のある計画となっており、大きな建物の集合というよりは、ひとつの小さな街のような様相を呈しています。1969年に一期工事、1987年には最後の五期工事が竣工。朝倉不動産が所有。

「式年遷宮」型移設病院

もうひとつ参考にしたいのが、2007年に竣工した広尾の日本赤十字社医療センターです。数十年ごとの建て替えを施設運営に組み込んでいるプロジェクトです。広大な敷地の一部を「病院エリア」、残りの敷地を定期借地型分譲マンションを建設する「マンションエリア」として開発し、土地信託による収益を病院エリアの事業費の一部に充てるという手法をとっています。

この「マンションエリア」の敷地を将来的に病院の建て替え用地として利用するため、定期借地として貸しているわけです。一定期間が過ぎれば、借主は更地にして土地を返還。病院の営業を続けたまま、隣地で新しい施設が建設でき、できあがれば引っ越し。そして古い方の施設は解体され、また時期病院建設用地がそこにできあがるわけです。


病院建築がこのような方法によって建て替えを計画するのは、病院も老人ホームと同様、地域にとって重要なインフラであるため、建て替えのために敷地を遠くに移動することが容易ではないからです。

20年ごとに隣地に建て替えくりかえす伊勢神宮の「式年遷宮」型移設は、施設の住所が変わらず移設ができるので、借地の需要のある敷地であれば高齢者施設にも有効だと考えられます。

ただし、現敷地の倍の面積が必要だとすると、地域や地価によっては適当な敷地を見つけるのが難しいかもしれません。

敷地内は住居エリアと病院エリア(介護・福祉・教育部門も含む)に分かれています。住居エリアと病院エリアがおおよそ同じ面積なのがわかります。

建て替えを循環させる数珠型建築

これら2つの事例は、要件を満たす大きな敷地が必要になりますが、そうでなくとも建て替えユニットのサイズを細かくすれば、敷地の中で建て替え工事を循環させつつ施設の更新が可能になります。空室に利用者を一時的に引っ越しできるよう小さな単位で建て替えができれば、利用者を別の施設に転居させることなく、利用者への負担も少なく建て替えが可能になります。

従来の施設建築

具体的には、上の図のように、1フロア数人〜10程度の数部屋×数階の低層ユニットを既存施設に接続しながら増築。増築部に利用者を移動しながら、既存施設を壊していくという「解体と増築の循環システム」です。ユニット毎は独立した構造形式とすれば、解体や既存部への接続も容易になります。ユニット間は廊下で接続する形式であれば、接続部の空間の形状に配慮する必要はさほどないでしょう。

数珠型施設建築

さらに一歩進めて、私たちが提案したいのは、上の図のような「循環式数珠型建築」とでも言うべき建築です。従来の建築のあり方では細かに対応できなかった法規の改正や状況の変化に柔軟に反応することができ、そして、今後大きな問題となるであろう、高齢者の減少による高齢者施設の需要の変化、いわゆる「2025年問題[*4]」以降にも減築という形で対応することができます。高齢者施設においては、持続可能な建築が事業の持続可能性を担保するのかもしれません。

[*4] 2025年問題:団塊の世代が後期高齢者の年齢に達し、医療や介護などの社会保障費の急増が懸念される問題を指します。2025年には後期高齢者人口が約2,200万人に膨れ上がり、国民の4人に1人が75歳以上になる計算で、高齢者の人数がピークを迎える年だと言われています。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。