IDEA

ご「超」寿社会に都市はどう変わる?

Reseacher:Yuko Shibata/Mitsuhiro Sakakibara Writer:Yuko Shibata

気づき発見:

「2007年に日本で生まれた子供の半数が107歳より長く生きる」という、英国のリンダ・グラットン教授による研究結果を元に、内閣府は2017年から「人生100年時代構想会議」をスタートさせました。そして多くの企業もそれを追うように次々と「人生100年時代」を掲げ、商品開発のひとつの軸として打ち立てています。

厚生労働省による2019年の調査によると、平均寿命は男性が81.41歳、女性が87.45歳。現在は前述のようにさらにそれを超えていると予測できる研究結果が報告されています。前年に比べ、寿命が男性は0.16歳、女性は0.13歳伸びていることから、このままいくと55年後には男性の平均寿命が90歳代となります。

そこで、今まで想定していた平均寿命80歳代の「ご長寿社会」に対して、私たちは平均寿命90歳代の社会を「ご超寿社会」と名付けました。人生が100年ともなると今の日本人の平均寿命より15年近くも伸びることになります。それは、単線型の人生から多様な生き方へのシフト、そして、多様な生き方を支える構造を整備する必要があることを意味しています。

並行して少子化は進み労働人口が減るため、都市の更新速度はどんどん遅くなり、既存のインフラをアップデートしながら活用することが今後の社会では重要な課題であると考えられます。詳しく以下に説明していきます。

リサーチの経緯:

Panasonicの研究所から依頼を受け、人生100年を見据えるこの時代に、合理的で画期的な都市の活用方法を模索するためのリサーチをおこないました。クライアントはこれからの10年を見据えるためのデータ集を自社で作成し、それらと社会に溢れている情報とをかけあわせ、新しいアイデアを創出。大小組織が抱える問題に解決策などを提案しています。

最新技術や研究のスペシャリストであるこのクライアントは、多くの研究プロジェクトを実施しており、そのどれもが未来的な風景と革新的な生活を描き出しており魅力的でしたが、私たちの考えるご超寿社会はもう少し「近く」て「親しみやすい」ものだったので、「見慣れた風景の再編」をテーマにリサーチと提案を模索しはじめました。

リサーチと提案の目的:

私たちに求められたのは、都市・建築的視点からのリアリティのある提案でした。超高齢化社会で起きる需要や高齢者による空間的な動向などを紐解きながら、最新技術やデータと空間を結びつけ、高齢者に特化した100の提案をすることを当初の目的としました。しかし対象を高齢者のみとすると偏りが感じられたため、ご超寿社会をもう少し俯瞰することができるように、若い世代の存在もこの提案書の端々に盛り込むことにしました。そして、空間活用に関するものだけでなく、豊かな生活を支える仕組みも含めて提案することを目標に掲げなおしました。

リサーチと提案の手法:

目指したのは、アイデアのひとつひとつは生活の断片でありながらそれを並べることで生活の豊かさが感じられるような提案書でした。それゆえ、まずは「見慣れた風景」を構成するまちの生活文化を改めて想像しなおすことからはじめました。

「食事」「労働」「買い物」といった生活に必要な営みから、「友達」「家族」「コミュニティ」という所属、そして「年金」「投資」といったお金に関すること、そして「公園」や「空き地」といった空間に関することまで、約20の項目をテーマとして掲げ、日本だけでなく世界での事例を合わせてリサーチしました。日本と同様に少子高齢化が著しい台湾と韓国出身の、そして日本人のスタッフによって構成されたリサーチチームによって、ひとつのテーマごとに各国の状況と他国の事例なども調査しました。

外国人メンバーは、私たち日本人が慣習として受け入れていた部分に疑問を抱き、それによって私たち日本人も改めてそれを考え直すきっかけとなりました。また私たちが海外の事例に驚くこともあり、テーマを多角的に議論することができました。

同時進行で、私たちの周辺で起こっていることにも考えを巡らせました。潰れゆく銭湯、オリンピックを目前に沸き立つ観光業、火葬待ちの遺体や税金など。たくさんのリサーチから抽出した一部の事例と私たちに差し迫る社会問題などを組み合わせ、空間を想像しながら叩き台となる提案をつくり、各提案は都度レビューをもらい、超寿社会を表現する上で必要なものだけを選んでいきました。

アイデア17「自動運転車椅子特区」

提案書について:

当初「人生100年時代」に合わせて100のアイデアをつくる予定だった提案書は、ひとつひとつのアイデアの濃度を増して31まで集約しました。最後の1ページは「しまう」という、死を扱った提案となりました。(MAP中31番)

アイデア01「卒=内湯」

提案書は、内容を想像をしやすいように、それぞれのアイデアでどういう層へのアプローチかを明らかにしています。「都市・地域・住居」という規模、「コミュニティ・家族・個人」といった対象、「壮年・中年・高年」といった年代に分け、また生活の営みの種類を示すラベルを組み入れ、アイデアがどのように社会に変化をもたらすか/人生100年時代にどう関わるか/参照事例を盛り込み、丁寧にそして端的に解説しています。

アイデア31「コウノトリ葬」

アイデア22「かすがいサンルーム」

アイデア07「地域管理型空家」

アイデア12「バロメーターホテル」

マップがもたらしたもの:

提案書以外のアウトプットとして、架空の駅前を中心とした川沿いの地域を想定し、3D化したマップをつくり、提案したアイデアを落とし込みました(下図)。それぞれのアイデアは物理的な距離をもつことで、他のアイデアとの間に意図しなかったネットワークを感じさせます。そして可視化されたことで、そのネットワークはさらに新しいアイデアへの可能性をもたらしてくれました。

15年の寿命が延長した社会というのは、近い将来でありながらいまだに多くの人が実感をもって想像することができずにいます。アイデアを散りばめたマップは、各々が自分の居場所を発見することができ、そしてご超寿社会を想像する呼び水となりました。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。

榊原充大Mitsuhiro Sakakibara

建築家/リサーチャー、株式会社都市機能計画室代表、RAD
1984年愛知県生まれ。2007年神戸大学文学部人文学科芸術学専修卒業。建築や都市に関する調査・執筆、提案、プロジェクトディレクション/マネジメントなどを業務としプロジェクトの実現までをサポートする。2008年から建築リサーチ組織「RAD」を共同運営。2016年、アーティスト向け町家改修プロジェクト「Basement Kyoto」を共同で開始。同年から「建築家不動産」ディレクター、愛知県岡崎市のまちづくり「おとがわプロジェクト」プロモーションディレクター。2017年から「京都市立芸術大学及び京都市立銅駝美術工芸高等学校移転整備工事」リサーチチームマネージャー。2019年に、公共的な施設の計画や運営のサポートをおこなう「株式会社都市機能計画室」を設立。