RESEARCH

食堂への道のりは高齢者を健康にする?

Researcher&Writer:Yuko Shibata

気づき・発見:

ある高齢者施設で「介護をする職員の歩行距離」と「利用者の歩行距離」を計測し、大きく用途別に分別しました。リサーチ時間はその施設で働くとある職員の勤務時間。利用者は食堂までの歩行の割合が多く、職員の歩行距離は複数の利用者に対する身の回りの世話(トイレ介助や個室への見回りなど)に関するものが2/3を占め、食事(食堂への移動介助と食事介助)に関しては1/3という結果でした。

介護職員とひとりの利用者の目的別移動距離。食事は朝食と昼食を含む。

この結果をリサーチ対象とした職員に見せたところ、自分の移動距離に驚きつつ利用者の歩行距離に関して「そういえば......」という話をして下さいました。同じ施設内で食堂に近い部屋から遠い部屋に引っ越しをした利用者さんが、食事のたびに食堂まで歩くため以前より足腰が強くなり健康になったという話でした。

利用者の食事に関する歩行距離は2回の食事でおよそ450mであると数字にあらわれています。健康増進のために推奨される距離[*1]からするとわずかなものですが、そもそも歩行が困難になりつつある利用者にとって、最低限毎日歩かなければならないこの距離は遠い。でもそれが健康につながるとするなら、この「遠さ」への見方が変わります。私たちはリサーチを通して施設の中に「ヘルシーロード[*2]」を発見したのです。

[*1]健康増進のために推奨される距離は、目標値として男性6,700歩、女性5,900歩(「健康日本21」厚生労働省)とされており、距離にすると、男性約3350〜4120m、女性約2950〜3630mとなる。

[*2]ヘルシーロード:脳神経外科医の酒向正春医師による「健康医療福祉都市構想」という提言の中のひとつの要素。地域医療ネットワークの一貫として、病院で管理を受けながら、リハビリを自然と日常生活に取り入れる仕組みとして考えられた。ヘルシーロードとは、ただ訓練のために歩くのではなく、おしゃべりや社会参加やイベントを楽しみながら歩ける「散歩道」のこと。実現した「初台ヘルシーロード」は8.8kmの歩道を4mから9mに拡張し、高齢者でも安心して散歩できるコースとして整備されている。

リサーチの経緯:

このリサーチは、とある設計業務のために自主的に立ち上げたプロジェクトです。それは、特別養護老人ホーム[*3]・養護老人ホーム[*4]・デイサービスからなる複合施設から養護老人ホームだけを隣接する敷地に移設する、というプロジェクトでした。国の方針により減少傾向にある養護老人ホームは設計資料も少なく、丁寧な設計をするには困難な状況でした。さらに、限られた敷地の中で増築を繰り返し複雑化しているこの施設は、特別養護老人ホーム部分と共有している空間(食堂・ホール・医務室など)も多く、その中での養護老人ホームの利用状況を紐解く必要がありました。

設計の糸口を探すために、デザインリサーチャーの浅野翔さんと共に施設でのデザインリサーチをすることとなりました。(浅野さんのリサーチについては別記事を参照)

ところで養護老人ホームとは「生活に困窮した高齢者を受け入れる施設」であり一時的な利用の中で自立した生活を送れるように支援する施設です。特別養護老人ホームは「利用者3人に対して職員が1人」、それに対して養護老人ホームは「利用者15人に対して職員1人」です。この人数配置から見ても、養護老人ホームでは「介護」よりも「支援」という言葉が適切でした。

しかしながら、昨今は高齢者施設においても高齢化が進み、養護老人ホームも以前とは違い「介護」が必要な利用者も増加しています。それに対して国は特定事業として、介護を必要としている人を養護老人ホームでも受け入れできるようにしました。養護老人ホームとしてつくられた施設の一部を一時的に特別養護老人ホームのように使うことが可能になったのです。養護老人ホームと特別養護老人ホームの「設備および運営に関する基準」は少し違うので建物へ要求されることも違います。部分的に特別養護老人ホームとして使われることを想定しながら設計をしなければなりませんでした。

[*3]特別養護老人ホーム:中~重度の介護を必要とする高齢者が対象の介護施設。身体的な介護を主な目的としています。

[*4]養護老人ホーム:身体的には自立しているが、環境的・経済的に在宅で生活することが困難な高齢者を養護することを目的とする高齢者施設。特別養護老人ホームとは違い、身体的に自立している高齢者が対象。

リサーチの目的:

養護老人ホームの移設を依頼された施主の要望は「職員が働きやすい施設」でした。このような施設では利用者の集客よりも雇用の維持の方が大きな問題になりつつあり、「働きやすさ」とは何なのか、設計でできることは何なのかを考える必要がありました。利用者に対する職員の人員配置を数字や文字面ではなく、可視化でき、定量化するリサーチが必要だと感じたのです。そうして、介護職員がこの既存施設の中でどのように働いているのかということを、「内容」に関しては浅野さんが、「動きの大きさ」についてはしばたゆうこ事務所が計測することとなりました。

リサーチの手法:

職員の「動きの大きさ」を計測するのは事前に用意した施設の図面に職員の位置情報を記録し続けるというアナログなものです。つまりは、リサーチ対象の介護職員と同じだけ歩いたことになります(終わった後の疲労感もひとつの大事なリサーチの成果でした)。期間はリサーチの対象とした職員の労働時間である7:00〜16:15でした。

リサーチの結果:

朝食のために食堂に向かう様子。

朝、職員は各個室へと利用者を起こしに回り、食堂への移動を促します。注目すべきはヘルシーロードでの職員の動き。職員が行ったり来たりしています。この図には出てきませんが、実はヘルシーロードには同時にたくさんの利用者が移動しています。それぞれ車椅子や歩行器、杖などいろいろな手段で歩くため歩行速度が違うため、利用者は自分の歩行の所要時間を逆算して部屋を出ます。そうすると現在地がばらばらになるので、その間を職員が行ったり来たりしながら頑張って歩いている利用者を応援するのです。

昼食のために食堂に向かう様子。

変わってこちらはトイレ介助の様子。

談話室に集められた利用者たちが代わる代わるトイレに向かいます。このたった15分の間に2フロアに渡って3人の利用者を便所に案内していました。トイレが空き次第、3箇所にある便所にそれぞれ利用者をつれていき、時には他のトイレに利用者を入れた後に、他のトイレに利用者を連れて行くなど、慌ただしい動きもありました。

リサーチから設計へ:

ヘルシーロードが利用者の健康増進に役立っている一方、職員の歩行距離は管理上も体力上も短くあるべきだと、職員に付いて回って自分の体に残った疲労感から思いました。職員がヘルシーロードで利用者を応援するために消費される歩行距離は利用者の健康増進のために残し、寮内の歩行距離(トイレ介助など)を短くできれば職員は疲れにくくなります。寮内での歩行距離が長いということは死角が多いことも示しています。トイレ介助は特に頻度が高いのと、同時多発しがちなのでトイレの位置と人が多くいる位置などは重要であると考えられます。

1】食堂と個室やリビングの距離はヘルシーロードとして設計する
2】トイレはリビング(みんなが集まる部屋)に近接させる
3】リビングに集まらない利用者からも利用がしやすいように寝室からトイレも近接させる
4】リビングと介護職員室は管理がしやすいように隣接させる

以上の4点がこのリサーチにより導き出されました。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。