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リタイアメント・コミュニティとしての「ハウステンボス」から考える、日本の大規模高齢者施設と新しい都市の姿──Deane Simpson『Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society』を読む③

Writer:Kentaro Nakamura Editor:Shota Seshimo

長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」。オランダの街並みを再現したテーマパークに、リタイアメント・コミュニティとしての側面があることをご存知でしょうか。高齢者と都市の関係に迫る研究書、Deane Simpson(ディーン・シンプソン)『Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society』(以下『Young-Old』)では、テーマパークでもあり、リタイアメント・コミュニティでもあるハウステンボスが分析されています。『Young-Old』を読み解く本連載、第一回目ではシンプソンによるヤング・オールド・アーバニズムの総論を概観し、第二回目ではアメリカにある世界最大のリタイアメントコミュニティ、ザ・ビレッジについてまとめました。そして最終回となる第三回目では、シンプソンが描くハウステンボスの姿を紹介しながら、日本における大規模高齢者施設と新しい都市像について考えていきます。

日本最大のテーマパーク

バブル景気に沸く1980年代後半に着工を開始し、1992年にオープンしたハウステンボスは、開園当初は日本最大級のテーマパークでした。ピーク時の1996年には年間420万人もの観光客が訪れ、当時の東京ディズニーランド、東京シーワールドに次ぐ来客数を誇りました。

しかし、バブル崩壊後の急速な経済の冷え込みとともに来客数は減少。運営会社は資金難に直面し、2003年に倒産してしまいます。その後、投資会社の野村プリンシパル・ファイナンスをスポンサーに再生を図るもリーマンショックによってふたたび経営危機を迎えます。2010年から旅行会社エイチ・アイ・エスを中心に経営再建がおこなわれ、現在に至っています。

そんなハウステンボスは、現在でも日本最大規模のテーマパークです。大きさだけ見れば、東京ディズニーリゾートの1.5倍の敷地面積を有しています。シンプソンは、この広大なテーマパークには都市──それも高齢者のための都市としての性質があるといいます。

ハウステンボスの思想──エコノミーとエコロジー

17世紀のオランダの街並みを再現した地上部分と、地下に張り巡らされたハイテク設備の対比(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

シンプソンは、ハウステンボスの設計を担当した委員会の中心メンバーである日本設計・池田邦武の思想をもとに、都市としてのハウステンボスに込められた理念を紐解いていきます。

彼によれば、池田邦武がハウステンボスで目指したのは、エコノミーとエコロジーという相反するふたつの理念の統合だといいます。具体的には、江戸時代の長崎におけるオランダとの交流の歴史を踏まえつつ、これまで成功してきた日本のテーマパークの手法をもちいて、自然と共存する江戸時代の暮らしを実現するというものです。

こうした思想をもっていたのは、設計者である池田たちだけではありませんでした。シンプソンによれば、創業者の上近義邦も「創造的かつエコロジカルに、持続可能な都市生活を過ごすことができる都市」として、ハウステンボスを構想していたといいます。

実際、ハウステンボスの地下空間には、高度な排水処理システムをはじめとするさまざまなハイテク設備が敷設されています。地上部分に再現された17世紀のオランダの街並みは、エコロジカルな都市を実現するための高度な仕掛けとセットなのです。

オランダ式の住宅

住宅地エリアの街並み(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

また、池田の著書『ハウス・テンボス エコシティへの挑戦』には、(ハウステンボスは)「多くの人々が住むことのできる分譲住宅、マンションを含み、(中略)まさにひとつの都市といえよう」とあります。彼の目線は単なるテーマパークではなく、ある種の理想都市をつくることに向けられていたのです。そのためにも、ハウステンボスには人々の暮らす住宅が必要でした。

実際、ハウステンボスには多くの住宅が整備されました。「長崎県佐世保市ハウステンボス町」という行政上の町名もあります。そうした住宅地の中心にあるのが、園の端に位置する190戸の住宅とマンションです。そのどれもがテーマパークと同じように、オランダ式でつくられています。

住宅は、オランダ南西部ワッセナー地方の運河沿いにあるヴィラと呼ばれる家々をモデルにしたものです。ヴィラと同じように2-3階建てでつくられ、勾配屋根とオランダ産赤レンガを用い、ドアや窓枠のディテールは油彩の白で強調されています。通りの正面玄関に面した小さな庭と、運河に出ることのできる船の係留施設をも備えた大きな庭をもっています。アパートは、住宅の東に位置し、新古典主義様式でつくられています。4階建てのアパートが60戸ほど建てられており、運河とボート係留施設を見下ろすことができます。

高齢者の暮らす都市を目指して

こうした住宅地にはどのような人々が暮らすことになるのでしょうか。実のところ、ターゲットとして想定されていたのは高齢者層でした。創業者の上近は、長崎で育ち、東京で活躍したアーティストや作家が退職したあと、ハウステンボスで老年期を過ごす。そんなイメージを抱いていたのです。

では、実際のハウステンボスはどうでしょうか。シンプソンによれば、住宅を購入した層は定年退職やセミリタイアをした平均年齢50代半ばのヤング・オールド層だったといいます。この点においては、たしかに設計当初の思想と一致しています。

しかし、住宅地の利用法はだいぶ違ったものになりました。バブル崩壊によって住宅需要が下がってしまった結果、住まいとして購入された住宅は少なく、その多くが別荘として利用されたのです。近年は定年退職者を中心に、居住者も少しずつ増えてきているものの、セカンドハウスとしての活用がメインだといいます。

テーマパークとコミュニティの融合

では、ハウステンボスでの暮らしは、どのようなものなのでしょうか。

まず、先ほど紹介した住宅やアパートにアクセスするためには、住宅地エリアに据え付けられたゲートを通過する必要があります。来園者としてハウステンボスを訪れるときと同じように、警備員室のあるエントランスを通過してはじめて住宅地に入ることができるのです。

ハウステンボス内に居住する人々には、顔写真と身分証明書を添付した「ハウステンボス・パスポート」と呼ばれる特別な入園証が配布されます。このパスポートは、テーマパークの施設利用券を兼ねています。そのため居住者は、ハウステンボスのスペースやショップ、レストランをいつでも利用できるのです。シンプソンは、それらのエリアに無料パスポートで入り、園内の人間観察を楽しむ住民たちの姿も紹介しています。

また、ハウステンボスの居住者は、園内にある「アカデミア」を利用することができます。これはテーマパークの入場者も参加できる教室やアクティビティです。パッチワークキルトや押し花、ファベルジェ・エッグづくりなど、ヨーロッパの雰囲気が漂うプログラムが目立ちます。ほかのプログラムもヨガやピラティスなど、高齢者が進んで参加したくなるものが多く用意されています。実際、シンプソンがアカデミア内の教室を訪れたところ、参加者の多くはワッセナーの住民だったそうです。定年退職者や主婦など、高齢者が多く見られたといいます。

テーマパークの変遷と、住宅地との融合

テーマパークと高齢者向け住宅地が融合した施設としてのハウステンボス(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

テーマパークでありながら、リタイアメント・コミュニティでもあるハウステンボス。シンプソンは、こうした「都市」が現れた背景として、テーマパークのターゲットの変遷や、テーマパークと住宅地の融合といった歴史的な変化に触れています。

シンプソンは、テーマパークのターゲットが若者層から高齢者層へと移り変わっていった歴史を三段階の変化として描いています。

まず、19世紀の万国博覧会以降から20世紀初頭にかけて始まったテーマパークの第一段階は、アメリカ合衆国ニューヨーク市ブルックリン区の南端にあるコニーアイランドのテーマパーク・ドリームランドに代表されるように、若年層の独身者を対象としたものであったといいます。

次に、20世紀中頃のベビーブームと社会の核家族化のなかで第二段階に移行。1955年にカリフォルニア州アナハイムで開園したディズニーランドは、そうしたファミリー層に向けたテーマパークです。

そして、20世紀末から21世紀初頭にかけて、老年期に差し掛かったベビーブーマー世代を対象としたテーマパークが現れたと説明します。ハウステンボスは、そのひとつとして位置付けられているのです。とりわけ60歳以上が人口の30%を超える世界一の高齢化率と、男女ともに平均寿命が80歳を超える世界一の長寿を誇る日本において、こうしたターゲットを据えたハウステンボスが現れたのは必然だとシンプソンは言います。

さらに、高齢者層向けのテーマパークが現れるとともに、テーマパークと住宅地の融合も進んだといいます。シンプソンは、その代表格として、1994年にオープンしたフロリダ州のディズニー・セレブレーションをあげています。これは150,000人もの住民が暮らす計画都市で、1940年代のアメリカをテーマにウォルト・ディズニーの理想が詰め込まれています。

伝統的な退職後の生活スタイルは、子どもや孫たちとの三世代同居を前提にしたものでした。核家族化が進展し、そうした従来型のモデルが崩壊するとともに、ヤング・オールド世代に向けた住宅や都市が現れるようになった。それらは前回紹介したThe Viledgeと同じように、単なる住まいではなく、どのように老後を過ごすべきかを提示するライフスタイル商品として販売されているとシンプソンはいいます。

──こうしたライフスタイル商品のひとつとして、ハウステンボスのようにテーマパークの一部を住宅地化した都市や、The Viledgeのように住宅地をテーマパーク化した都市があるというわけです。

大規模高齢者施設からみえる、新しい都市の姿

以上が、シンプソンによるハウステンボスのリサーチでした。最後に、本連載の内容を簡単にまとめ、少し私自身の展望を記しておきたいと思います。

本連載の第一回では、シンプソンによるヤング・オールド・アーバニズムの6つのキーワードを概観しました。(1)退職者のユートピア、(2)年齢分離、(3)私的統治、(4)移動性、(5)テーマ化、(6)道具化がそれです。第二回と第三回では、実際にシンプソンが分析した実例の一部──ザ・ビレッジとハウステンボス──を通じて、ヤング・オールド・アーバニズムの実態が如何なるものなのかを詳しく見てきました。これらを通じて、ヤング・オールド層がつくり出す都市のひとつのパターンを理解することができたのではないでしょうか。特に今回取り上げたふたつの事例では、企業によるマーケティング戦略のもと、高齢者向け住宅地がテーマパークの設計方法を通じて高度にパッケージ化されている様を知ることができました。良し悪しは別にして、そこには確かに「高齢者のユートピア」が成立しています。

しかし、これらがあくまで富裕層向けのリタイアメント・コミュニティの実例であるという点には注意を向けておく必要があるでしょう。ヤング・オールド層の内実は実際には極めて多様であり、シンプソンが取り上げた事例はその一部に対応したものに過ぎません。日本においても、ヤング・オールド層内における格差の問題として、いわゆる「下流老人」問題(藤田, 2015)を挙げることができます。シンプソンが導き出したヤング・オールド・アーバニズムのさまざまな特徴をもってしても、ヤング・オールド層が都市にもたらす影響の全てを説明できるわけではないのです。

しかしそれでも、今回シンプソンが提起した「退職したけれどもアクティブに活動できる高齢者」であるヤング・オールド層という切り口は、高齢者と都市の相互作用を考えてゆく上での重要な糸口になるだろうと私は考えています。たとえば、ヤング・オールド層が歴史上前例のない存在であるが故に、参照できる人生のロールモデルを持たないという「前例の危機」問題には、格差や地域差を超えた一定の普遍性を認めることができます。テーマパークと高齢者施設の融合が「前例の危機」に対するヤング・オールド層の反応の一つなのだとすれば、ほかにもさまざまな反応のかたちがありえるはずです。(実際、今回の連載では紙幅の関係で取り上げませんでしたが、シンプソンはアメリカにおける高齢者のRVコミュニティ──キャンピングカーで移動しながら生活を行う人々──の事例も分析しています。)高齢者と都市の関係という視角をヤング・オールドというレンズを通して精緻に観察してゆくことによって、今後もさまざまな問いが浮かび上がってくるのではないでしょうか。

中村健太郎Kentaro Nakamura

1993年大阪府生まれ。2016年慶應義塾大学SFC卒業。主な寄稿に、「Eyal Weizman “Forensic Architecture VIOLENCE AT THE THRESHOLD OF DETECTABILITY” 建築が証言するとき──実践する人権をめざして」(建築討論、2018年11月号)、「『アクター・ネットワーク』──『科学』としての建築学は可能か」(建築討論、2019年7月号)など。

瀬下翔太Shota Seshimo

1991年、埼玉県生まれ。東京都在住。編集者、ディレクター。NPO法人bootopia代表理事。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年より批評とメディアのプロジェクト「Rhetorica」の企画・編集を行う。2015年に島根県鹿足郡津和野町に居を移し、2021年春まで高校生向け下宿を運営。主な著作に『新世代エディターズファイル 越境する編集──デジタルからコミュニティ、行政まで』(共編著、ビー・エヌ・エヌ、2021年)、『ライティングの哲学──書けない悩みのための執筆論』(共著、星海社、2021年)など。