RESEARCH

大規模高齢者施設と新しい都市の姿─Deane Simpson『Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society』を読む①

Writer:Kentaro Nakamura Editor:Shota Seshimo

人口の21%以上が65歳以上で占められる「超高齢社会」日本──こんな文句をもう何度耳にしたでしょうか。数年前には「人生100年時代」という言葉がメディアを賑わし、高齢者のライフスタイルへの関心も徐々に高まっています。しかしこうした話題の多くは、いつも変化する社会のほうが中心に据えられていて、肝心の高齢者のほうはどこか受け身の存在かのように語られてきたのではないでしょうか。むしろ、高齢者のほうが建築や都市、社会に直接的な影響を与えている側面もあるはずです。都市や建築を研究や考察の対象にする中で、私はいつもそうした疑問を感じてきました。

たとえば現代では、健康寿命が長くなったり、交通手段をはじめとするさまざまな技術が発展したりした結果、職業生活を終えたあとであっても、都市空間のなかで活動することが当たり前になりました。実際に私の両親は、定年退職を控えているタイミングです。これから両親は、フルタイムで仕事をし続けてきたこれまでの生活とは異なるライフスタイルを送るようになるでしょう。それでも、都市生活とは無縁の暮らしをするとは考えられません。

実は、「『高齢者』という存在は、都市にどのような影響を及ぼしているのか」という問いに向き合った研究の成果が、一冊の本になっています。ディーン・シンプソンによる『Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society』(以下『Young-Old』)です。本連載では、本書の紹介を通じて、高齢者と現代都市の関係について考えていきたいと思います。全三回の連載の初回となる今回は、『Young-Old』における議論の全体像をお伝えしたいと思います。

ヤング・オールド・アーバニズム
とはなにか

アメリカ最初期のリタイアメント・コミュニティのひとつ、サン・シティの内部に設けられた大規模コミュニティ施設(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

まず、簡単に本書の概要を紹介します。タイトルにもなっているヤング・オールドは、「退職したけれどもアクティブに活動できる高齢者」の人口集団を指します。

このヤング・オールドという人口集団は、人類史の中でも全く新しい存在なのだと筆者は述べます。ここ100年の公衆衛生上の革新と経済発展によって平均寿命が倍増し、退職という制度が一般化したことによって、初めて登場したというわけです。

そして、このヤング・オールド層によって都市スケールの空間が再構築されるような事例が、戦後のアメリカを中心に先進各国で見られるようになりました。筆者はこれを「ヤング・オールド・アーバニズム」と呼びます。本書では、この年齢層をターゲットにした都市スケールの大規模な高齢者施設を分析することで、ヤング・オールド・アーバニズムの性質や課題を検討してゆきます。

本書ではその具体的な例として、ディベロッパーによって商業的に提供される都市スケールの退職者向けコミュニティを紹介しています。たとえば、アメリカにあるザ・ビレッジという施設は、マンハッタンの1.5倍ほどの広さがある巨大な退職者向けコミュニティです。ひとつの施設というより、ほとんど都市空間そのものといえるでしょう。ザ・ビレッジのなかには専用のテレビ局まで整備されており、そこでの生活はテーマパークに住むようなものとなっています。

なぜヤング・オールド・アーバニズムが重要なのか

ヤング・オールドやオールド・オールドを生み出した様々な要因に関する年表(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

しかしなぜ、研究者がこうした事例に着目しなければならないのでしょうか? 一言で言えばそれは、既存のアーバニズムや都市計画が想定していなかった、新しい都市のダイナミズムを示しているからです。そもそも都市は、「労働」や「再生産」のために生み出されるものだと考えられてきました。しかし退職者コミュニティにあるのは純粋な「余暇」のための空間です。このように、ヤング・オールドによって生み出される都市空間を分析することは、都市という研究対象に新しい光を当てることになるのです。

また、高齢者のライフスタイルについて考えるうえでも、ヤング・オールド・アーバニズムは重要です。本書において、ヤング・オールドは単なる余暇階級として、都市開発を駆動する原因や需要になっているだけではありません。先行するロールモデルなしに自分たちのライフスタイルを構築しなければならないという「前例の危機」に晒された、不安定な存在としても描かれています。本書の読みどころは、こうしたライフスタイルの危機に対して、ヤング・オールドたちがどう対応していったのかという物語を描いている点にもあります。

ヤング・オールド・アーバニズムの6つの特徴

サン・シティの様々な構成要素と地図(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

本書では、そんなヤング・オールド・アーバニズムの主な特徴を6つのキーワードで整理しています。[※1]

(1)RETIREMENT UTOPIAS(退職者のユートピア)
退職後の人々を対象にマーケティングされた大規模施設では、仕事や子育てといった義務からの解放を謳い、南国での無限のバケーションといった退職後の余暇を楽しむユートピアというイメージが訴求されます。そうしたイメージは、ときに各施設の空間的なデザインにも反映されることがあるといいます。

(2)AGE SEGREGATION(年齢分離)
自然発生的にであれ強制的にであれ、施設群を利用する年齢層はヤング・オールドに集中し、施設の利用者は高い満足感を得られます。しかし、都市スケールの施設群が年齢によって空間隔離されてしまうため、より広く都市社会的な観点から見ると、自治体内での公的負担の世代間格差をはじめ、様々な問題を引き起こしうると筆者は指摘しています。

(3)PRIVATE GOVERNANCE(私的統治)
ヤング・オールド向けの施設の多くは、高齢者向けの公共政策としてではなく、民間事業によって営利目的に開発されます。しかし、開発事業者自身によるガバナンスだけでなく、住民主導で施設内のルールを都合よく定めるような場合もあります。なかには若年層の滞在に対する年齢制限などもみられ、年齢差別の合法化といえるようなケースもあるといいます。

(4)MOBILITY(移動性)
ヤング・オールド層にあたる個人や社会集団、環境の多種多様な移動状態を実現するものが多くみられます。たとえば、本書で紹介されるアメリカのザ・ビレッジや日本のハウステンボスは、個人の退職に伴って北国から南国へ移動するというモチーフが共通しているとされます。またハウステンボスの場合、空間の形態そのものが旅行パンフレットにみられるオランダと同じ姿をしていることも指摘されています。さまざまな形態のモビリティ(移動性)が──文字通りの「移動手段」以外にも──組み合わされているというわけです。

(5)THEMING(テーマ化)
施設群に与えられる「テーマ」がマーケティングの効果を高めるとされます。また、「テーマ」を徹底することで、ヤング・オールドに忌避される死の予感を覆い隠すことも重要視されています。こうした過度なテーマ化によって、ヤング・オールドの都市空間は社会的にも空間的にも地域から孤立し、都市のありようも予定調和的になってしまうといいます。その一方で、都市の機能や住民が再配置されることで、生活の選択肢が新たに生まれるという効果についても指摘されています。

(6)INSTRUMENTALIZATION(道具化)
ヤング・オールド向けの施設群では、さまざまな道具立てが用いられます。たとえば、先ほど紹介したザ・ビレッジではゴルフカートのような移動のためのインフラが活用され、運転免許を持たない人や運転に疲れた人のための代替手段として機能しているといます。「テーマ化」を支える多くの装置や、国籍や年齢に関する同質集団を構築するという取り組みも道具立ての一部とされます。

これらを読むと、こんな都市空間で暮らす退職後の高齢者がそれほどたくさんいるだろうかと疑問に思う方も多いのではないでしょうか。実際、本書で描かれるヤング・オールド・アーバニズムの当事者たちは、経済的にもかなりの富裕層です。ヤング・オールド層の都市生活は、本書に描かれるヤング・オールド・アーバニズムよりもはるかに多様なものであるはずです。

しかし、本書の意義は、都市生活者としての存在が不可視化されていたヤング・オールドをリサーチした点にあります。高齢者中心の都市のひろがりがどのようなものなのか、またそのなかで高齢者にどのような役割が期待されるのかに関しては、未だ議論の途上にあります。その実態に迫ろうとした本書から学べるのは、都市空間を通じて高齢者の生活に迫ろうとする新たな問題設定の座組みそのものだといえるでしょう。次回以降の記事では、いよいよザ・ビレッジやハウステンボスなどの大規模高齢者施設を具体的に分析した箇所を読んでいきたいと思います。(続く)

[※1]本書では、(1)〜(3)は、ヤング・オールド・アーバニズム発祥の地として著者が注目するアメリカにおいて、1950年代後半から1960年代前半にかけて登場したものであり、(4)〜(6)は、本書で分析される現代のケーススタディを通して著者が発見し、追加したものとして整理されています。

中村健太郎Kentaro Nakamura

1993年大阪府生まれ。2016年慶應義塾大学SFC卒業。東京大学学術専門職員。主な寄稿に、「Eyal Weizman “Forensic Architecture VIOLENCE AT THE THRESHOLD OF DETECTABILITY” 建築が証言するとき──実践する人権をめざして」(建築討論、2018年11月号)、「『アクター・ネットワーク』──『科学』としての建築学は可能か」(建築討論、2019年7月号)など。

瀬下翔太Shota Seshimo

1991年、埼玉県生まれ。東京都在住。編集者、ディレクター。NPO法人bootopia代表理事。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年より批評とメディアのプロジェクト「Rhetorica」の企画・編集を行う。2015年に島根県鹿足郡津和野町に居を移し、2021年春まで高校生向け下宿を運営。主な著作に『新世代エディターズファイル 越境する編集──デジタルからコミュニティ、行政まで』(共編著、ビー・エヌ・エヌ、2021年)、『ライティングの哲学──書けない悩みのための執筆論』(共著、星海社、2021年)など。