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地域にフィットするまちづくりのススメ—コトラボ軍司大輔インタビュー

Interviewee:Daisuke Gunji Interviewer:Yuko Shibata Writer:Shota Seshimo

近年、高齢者施設の事業者による「まちづくり」が盛んになってきています。そこには、地域との関係を良好にする、介護事業を開かれたものにするという目論見があります。国による地域包括ケアシステムの推進や、地域の医療との連携が重要な介護事業者の仕事をふまえると、地域で起きている問題やまちの状況を把握するために「まちづくり」に参加することは自然な動きだと考えられます。

一方で、地域との関係づくりや活動の継続性に関して、苦心しているという話も耳にするということもしばしばあります。

今回は『「屋台」で地域の介護予防ーー丘陵地でのケアの知恵』で言及した、仙台を拠点とするNPO法人コトラボの代表軍司大輔さんに「まちづくり」についてさらに詳細なお話をうかがいました。彼らは「講師ギルド」と呼ばれる介護福祉士向けの研修によって利益をあげながら、一方で寄付を活動の資金とした「地域支援」という活動をしています。この「地域支援」については収益化を目的としておらず、限られた資金の中で運営しているのも彼らの活動の特徴のひとつです。

軍司さんのお話には実践を通して経験した課題や失敗、地域包括支援センターや社会福祉協議会による活動への支援など、まちづくりに活用できるヒントがたくさん詰まっていました。

この記事は『「屋台」で地域の介護予防ーー丘陵地でのケアの知恵』と合わせてお読みください。

活動と地域の概要

──まずはじめに、軍司さんの経歴を簡単に教えてください。


もともとは介護福祉士を養成する専門学校や大学で教員をしていました。介護教員歴が現在17年目、それから介護施設の立ち上げや運営に携わって5年程度になります。施設にかかわるなかで介護領域のハードウェアのことはある程度わかってきて、次はソフトウェアに移ろうと考えました。

そこで地域コミュニティに関する事業に取り組むために、NPO法人コトラボを立ち上げました。コトラボは2019年8月に始め、現在まで移動屋台「道端文庫」の運営や、住民にコーヒーを提供する「OLIVE HOUSE COFFEE」といった活動をおこなっています


──事業を行っている八木山にはどのような地域課題があるのでしょうか?


八木山の地域課題は、厳しい自然環境のなかで高齢化が急速に進んだ結果、家で孤独に暮らす住民や買い物難民になってしまった高齢者が増えているということです。

八木山は丘陵地帯で、高低差が非常に激しいうえ、冬にはアイスバーンがあります。仙台駅から車で15分ほどと都会から遠いわけではありませんが、寒くなってくると路面が凍ってしまいます。そのため、バスやタクシーも入れなくなるのです。街歩きをしていると、歩行もままならない方や脳梗塞の後遺症で半身麻痺の方が、自動車を運転している姿を目にするほどです。そんな状況もあって、自分たちから出向くという活動をしています。


──屋台ではどんなことをやっているのですか?


特別なものではありませんよ。移動屋台に文庫が置いてあるだけです。私がいるときは、コーヒーの焙煎をすることもあります。足と目の届く範囲に屋台が現れ、本を読んだりコーヒーを飲んだりできる。移動屋台「道端文庫」が外に出るきっかけになったらいいなと思います。

屋台は自分たちで引っ張ることもあれば、分解してワンボックスカーに乗せて運ぶこともあります。坂が急なので、少し離れたところに移動するときにはバラして運びます。普段は事務所に置いています。

始動したコミュニティづくり

──なるほど。八木山地域についてもう少し教えてください。まち全体で移動が難しい状況にあるのでしょうか。


少し地域の歴史をお話すると、八木山は大正時代に地元の実業家であった八木家が山全体を買い取り、行楽地として開発したのがはじまりです。標高の高いところにある「仙台市八木山動物公園」は、仙台駅から地下鉄が直結しているため、この周辺はアクセスがいいです。

しかし、それ以外のところは状況が違っています。私たちの事業所があるあたりも大正時代に拓かれた地域ですが、行楽地ではなく住宅地です。動物園から50mほど標高が低いところに位置していて、駅からもかなり距離がある。かろうじてバスはあるものの、先ほどお話ししたアイスバーンがあるため冬は動けません。


──その住宅地のあたりが高齢化しているということですよね。子どもも少ないのですか?


そうです。住宅地は半径1.5kmほどで、その大部分が高齢化しています。ただ、小学校の近くに70戸ほど宅地造成しているため、その近くはこれから若い世代が入ってくる可能性があります。

ほかに子育て世帯がいるのは、270名ほどの子どもが通う「仙台 認定向山こども園 ~ばっぱんち~」のあたりでしょうか。ここは60年ほど前につくられた子ども園で、私たちが八木山に入ったのも、施設の方から「高齢者の多い地域に子ども園がかかわるにはどうしたらいいか?」と声をかけられたことがきっかけでした。介護施設にかかわる仕事をしていた自分であれば、高齢者のことがわかるかもしれないと相談を受けたのです。


──実際に八木山に関わってみて、どのような地域コミュニティがありましたか?


八木山が拓かれてから移り住んできた層は、比較的生活に余裕のある方々が多く、その子どもたちの多くは都会に出てしまっています。いま暮らしている人たちも、現役の頃には仕事や育児に追われ、町内会や自治会、趣味のサークルをほとんどやってこなかった世代なのです。最近になって現役を引退する方が増え、少しずつ変わってきたと思いますが、まだまだコミュニティづくりは始まったばかりです。

そもそも、近くに商店が少ないこともあり、近隣に出向くという感覚もあんまりないようです。そのため、なにか理由がなくても日常生活のなかでふらっと外に出かけたくなるような居場所をつくることがまずは大切だと考えています。なにか地域の課題を解決するような目的がある場所よりも、ただ集まりたいから集まれるような自足的な場所ですね。

地域包括支援センターや社会福祉協議会を巻き込む

──そこで移動屋台をはじめたというわけですね。


はい。ただ集まるといっても、いきなり公園にみんなが集まるわけもないですから、足を運ぶきっかけになることをとにかくつくろうと考えました。屋台にコーヒーや文庫を置いて、日常生活の中に溶け込む場所にしようと。

いざやってみると、バスで買い物に向かう行き帰りであったり、孫に連れられたりして高齢者が足を運んでくれるようになりました。本当は独居の高齢者が多いところに屋台を出したいのですが、コロナ禍の影響があって、今は十分には活動できていません。


──屋台を置いてから、すぐに反応があったのですか?


いやいや、最初は誰も来ませんでした(笑)。公園に屋台があっても、そんなに反応しないですよね。それが変わる転機となったのは地域包括支援センターに連絡をしたことです。

介護業界では、地域でなにかやりたいときには、最初に地域包括支援センターに連絡します。私たちは直接的な介護事業ではないですが、思い立って連絡してみると、「どういうことやってるんですか」という感じで好意的に担当の方が屋台に来てくれました。話をしてみると「坂が多い地形で外に出るのが大変だから、独居高齢者を中心に買い物難民が発生している」という問題意識をお互いに共有していることがわかりました。

それから、社会福祉協議会にもつないでいただき、いまでは屋台を出すときに地域の老人会や高齢者のサークルに告知がいく仕組みまでつくることができました。地域のどこに移動が困難な高齢者が住んでいるかなど、地域の詳細まで把握されていて、屋台をどこに配置すると効果的かについてもアドバイスをいただいています。はじめに地域包括支援センターに連絡したことで、あんまり怪しまれずに人が集まるようになり、活動の大きな力添えとなりました。

現在では、地域包括支援センターと社会福祉協議会、仙台市、さらには町内会や住民が一同に介する会議も立ち上がっています。

タクティカル・アーバニズムとの出会い

──活動を始める際に、なにか参考にした事例はありますか?


地域のコミュニティにかかわるようになってから、いろいろ調べたり親しい大学の先生に相談したりするなかで、タクティカル・アーバニズムに興味を持ちました。市民が主導し「安価で速い、小さな変化」を実験的に積み重ねて知見を蓄積しきながら、少しずつ大きい変化につなげていく手法です。


──タクティカル・アーバニズムは地域づくりの文脈ではしばしば参照されますが、介護・福祉の文脈ではあまり聞かれません。軍司さんの口からその言葉が出て驚きました。


もちろん、自分たちのやっていることが厳密に言ってタクティカル・アーバニズムなのはかはわかりません。ただ、調べていて魅力的な事例に出会うことができました。たとえば、公道に椅子を設置するプロジェクト。八木山でも歩道のない道で杖をついて歩く高齢者を見たことがあって、ここにも椅子が置けたらいいのにと影響を受けました。そこでひとまずやってみようということで移動屋台をつくったのです。

タクティカル・アーバニズムがおもしろいのは「すぐできる」ということですよね。私たちは活動を始めたばかりで、マンパワーもなければお金もかけられません。しかも、私たちは日常生活のなかに居場所をつくることが大切だと考えていました。イベント的に単発で終わってしまうものではなく、継続的にできる活動がしたかったのです。そんなとき、街中に「安価で速い、小さな変化」を生む具体的な仕掛けをつくっていくタクティカル・アーバニズムの方法は参考になりました。

居場所をつくる

──大変興味深いですね。ほかの活動についても教えてもらえますか。


移動屋台以外には、子ども園の一角をお借りして「OLIVE HOUSE COFFEE」という活動をやっています。これは場所とコーヒーを提供するだけの取り組みで、「テーマなし・ファシリテータなし・喋る必要なし」という3つのルールをつくっています。

先ほどお話ししたように、私たちの目的は、高齢者が日常的に外に出るきっかけをつくることです。そのためには継続的に活動していく必要がありますし、できる限り手をかけないようにしなければ回りません。そこで先ほどのルールを設けているのです。

以前は仙台市にも市民団体がたくさんあって、2ヶ月に1回くらいテーマを決めてグループワークをやるイベントが開かれていました。しかし運営側の負担が大きく、活動がだんだん減っていき、集まる場所もなくなってしまったのです。私たちはそうではない持続可能なやり方を模索しています。


──なにかしらプログラムがないと気まずい感じになりませんか?


はじめはそうでしたね(笑)。最初に開催したとき、初めて出会う方が3〜4人いらっしゃって、ちょっと気まずそうでした。けれども、スタッフは介入しなくていいというルールを設けたわけなので、コーヒーだけ出して黙っていました。すると不思議なもので、だんだんと空気が変わっていって、途中からは和やかな感じになっていきました。

地域の方々に話を聞いていると、なにかのイベントに参加したいというよりは、仕事と家以外にサードプレイス的な場所がほしいという声があったので、こういうやり方でもいいと思っています。

「OLIVE HOUSE COFFEE」に集まる地域住民

──あんまり仕掛けをつくらないようにすると、参加者が集まらないかもしれないといった不安が生まれませんか?


もちろんありますよ。しかし、もはや人が来るとか来ないとかってあんまり考えていないんですよ(笑)。屋台の場合は、自分たちが屋台から離れて、たまにちょっと見るくらいのときもありますし。それでいいと言いえるのは、まちなかにカフェや文庫、屋台が継続的に出現し、今までの住環境が少しでも変わることが大切だと考えているからです。

プレイヤー不在でも機能するコミュニティを

──活動のなかで「これは失敗した」と感じたことはありますか?


失敗と言えるかわかりませんが、少しずついろいろな人に活動を知ってもらえるようになって、ボランティアの高校生や大学生が来るようになりました。それで活動を手伝ってもらうのですが、私たちの活動は基本的に積極的に声をかけるなど「しないこと」をルールにしているので持て余してしまうというか、ボランティアとしてあんまり大層なことができません。

NPOに対する社会的なイメージもあって、いろいろ考えて、考え抜いて地域のことをやっていると思われがちです。しかし、シンプルに場をつくることだけ考えているので、それほど高尚なアイデアがあるわけでも、実践があるわけでもありません。せっかく興味を持ってくれた人たちを失望させてしまったら申し訳ないなと思っています。

イベントに参加するボランティアの学生とNPO法人コトラボ 代表軍司さん

──なるほど。最後に、そんなコトラボの活動の今後について教えていただけるでしょうか。


私たちの活動は、自分たちなしでも成り立つようになったら完成です。移動屋台がなくなっても、本は誰かの家で借りればいいと思えるような親密なコミュニティができれば、私たちはいなくなってもいい。

その第一歩として、コトラボのスタッフが事務所に不在のときにも、地域の方々が自由に屋台を運んで場所をつくったり、文庫の本を借りたりできる仕組みをつくりたいと思っています。私たちのリソースを住民の方々に活用していただくことが次の目標です。ここ八木山に、プレイヤーがいなくても機能するコミュニティがたくさん育っていくといいなと思っています。

現在、コトラボ は買い物難民である地域の高齢者のために、地域の空き家でスーパーマーケットをつくるというプロジェクトに取り掛かっています。そしてこの活動は今までの活動を通して集めた賛同者も含め、早速地域の支援を集めはじめています。

「単なる地域の活性化」を目指すのではなく、「プレイヤー不在でも機能するコミュニティ」を目標に掲げること 。そのまちづくりへの姿勢が、住民たちが参与する余白を作り、自走するコミュニティへの進展を予感させます。スーパーマーケットを作るということは、いわゆる「まちづくり」という枠を超えていますが、高齢者が自立した生活を送ることを可能にし、道端で人と交流する機会を作り出し、豊かな日常をこの地域に取り戻してくれるでしょう。

軍司大輔Daisuke Gunji

介護教員/NPO法人コトラボ代表理事。
1978年宮城県生まれ。音楽業界でギタリストとして活動していた時に介護福祉士を取得し,精神科病院等で勤務。大学/専門学校等で専任介護教員を経て高齢者施設等の企画運営、コミュニティの運営に携わる。現在は医療福祉系大学非常勤講師および介護研修講師、高齢者施設コンサルティングを行う傍ら、NPO法人コトラボを設立し、対人援助職の学習と講師育成オンラインプラットフォーム「ギルド」の運営、屋台や文庫をツールとして仙台市八木山地域のコミュニティ醸成活動を行う。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。

瀬下翔太Shota Seshimo

1991年、埼玉県生まれ。東京都在住。編集者、ディレクター。NPO法人bootopia代表理事。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年より批評とメディアのプロジェクト「Rhetorica」の企画・編集を行う。2015年に島根県鹿足郡津和野町に居を移し、2021年春まで高校生向け下宿を運営。主な著作に『新世代エディターズファイル 越境する編集──デジタルからコミュニティ、行政まで』(共編著、ビー・エヌ・エヌ、2021年)、『ライティングの哲学──書けない悩みのための執筆論』(共著、星海社、2021年)など。