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戦後アメリカに生まれた世界最大のリタイアメント・コミュニティ「The Villages」の夢と現実─Deane Simpson『Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society』を読む②

Writer:Kentaro Nakamura Editor:Shota Seshimo

「『高齢者』という存在は、都市にどのような影響を及ぼしているのか」。そんな問いに向き合う研究書、Deane Simpson(ディーン・シンプソン)『Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society』(以下『Young-Old』)を読む全三回の連載の第二回。本書の全体像を概説した第一回目に続く今回は、『Young-Old』のなかでも中心的に分析される事例のひとつ、「The Villages」を紹介します。戦後アメリカに生まれた世界最大のリタイアメント・コミュニティであり、ディベロッパーによってつくられたテーマパークのような空間でもあるこの街から、大規模高齢者施設と新しい都市の新しい姿を展望したいと思います。

The Villagesとはなにか

都市スケールの比較:左から、フロリダ州のThe Villages、アリゾナ州のサン・シティ、ニューヨーク州のマンハッタン、フロリダ州のウォルト・ディズニー・ワールド、デンマークのコペンハーゲン(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

The Villagesは、アメリカのフロリダ州にある世界最大のリタイアメント・コミュニティです。アリゾナ州のリタイアメント・コミュニティ、サン・シティに影響を受けた創業者たちが、自分たちのリタイアメント・コミュニティにテーマパーク設計の手法を取り入れたことにより、独自の発展を遂げています。

その歴史は、1972年ころに高齢者向けのトレーラーハウスを集めたコミュニティとして開発されたところからはじまります。1983年には現在の経営者たちに運営が移行。はじめ400戸ほどだった家々は、1989年には3,100戸にまで広がり、一帯が「The Villages」と呼ばれるようになりました。その後も拡張を続け、2005年には4,000戸を販売し、総売上は10億ドルに及んでいます。2010年までに42,000戸が完成しているということです。

The Villagesは「スパニッシュ・スプリングス」、「レイク・サムター・ランディング・マーケット」、「ブラウンウッド・パドック」という3つの商業エリア(Downtown)を中心としつつ、さらに小さなスケールのゲーティッド・コミュニティ(Villages)の集合体によって構成されています。101㎢というThe Villagesの敷地面積は、世界最大のテーマパーク、ウォルト・ディズニー・ワールドに匹敵します。これはマンハッタンの1.5倍に及ぶものです。

人口規模も大きく、2017年時点で約11万人と試算されています。これはフロリダ州で14番目に大きな都市と同程度。その大部分は高齢者で、60-85歳が85.7%。世帯構成は80.1%が夫婦世帯で、人種は98.3%が白人です。大学都市や大規模軍事施設であっても、これほど偏った人口構成にはなりません。

また、独自のテレビや雑誌、ラジオ、新聞を備えていることも特徴のひとつです。同質性の非常に高い住民に対し、The Villagesのメディアは、ここは「フロリダでもっともフレンドリーな街(Florida’s Friendliest Hometown)」であるというメッセージを繰り返し発信します。そこに通底しているのは、「高齢者が若かった頃の故郷に帰還する」という世界観です。

テーマパークの方法:ノスタルジーを喚起する都市デザイン

レイク・サムター・ランディング・マーケットの"廃路線"(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

The Villagesの提供するファンタジーは住む前から、つまりここに家を買うところから始まっています。たとえばThe Villagesの宣伝文句は次のようなものです。「ここに暮らすみなさんは、家を買うのではありません、ライフスタイルを買うのです。より正確に言えば、ライフスタイル・プロダクトを」。

住民たちにとっての少年・少女時代を想起させるべく、The Villagesの建築物にはエイジング処理が施され、都市空間には架空の工業用跡地や廃路線といった街の歴史を演出するテーマパーク的要素が配置されています。建物から都市デザイン、ランドスケープに至るまで、すべてが郷愁を誘うようにデザインされているのです。町には昔なつかしいBGMが流れ、水辺には廃ボートが配置されるなど、さまざまな「小道具」までもが巧みに演出されています。こうした環境デザインは、実際にテーマパークの設計に携わっていた建築家をデザインチームに雇い入れることで実現されています。

世界観の演出は、架空の都市史にまで及びます。The Villagesの商業エリアでは、あちこちに街の歴史に関する記述が見られますが、そのほとんどが史実に基づかない記述なのです。たとえばある場所には「この街はスペイン人の入植によってつくられた」と記されています。しかし実際に入植がおこなわれたのは一部の沿岸部のみであり、内陸に位置するThe Villagesにそのような事実はないのです。ところが住民にとってみれば、これらは懐かしさや歴史を感じるための意匠にすぎず、記述の誤りが気にされることはほとんどないといいます。

徹底したテーマパーク的演出の裏には、実利的な計算も見え隠れしています。The Villagesの商業エリアは、実際に住民が暮らす場所であるとともに、The Villagesでの生活を検討する人に見学してもらうことで、住宅の購買を促す場所でもあります。そのため、The Villagesの提供するエンターテイメントとレジャー、それらを通じたライフスタイルがどのようなものかわかりやすく示されているというわけです。他方でこの街からは、死や衰えといったモチーフが巧妙に隠蔽されています。街にあるのは子供の頃のようなさまざまな遊びや、働き盛りの頃のような心地よい忙しさだけなのです。

ゴルフカート:中速モビリティによる移動

レイク・サムター・ランディング・マーケットの様子(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

ゴルフカートが住民たちの主要な移動手段として位置付けられているのが、The Villagesのもうひとつの特徴です。消費や遊びの象徴ともいえる移動体に乗って、敷地のほぼ全域を行き来することができます。

リタイアメント・コミュニティにおけるゴルフカートの利用は、1960年代のサン・シティにもありましたが、それはあくまで部分的なものにすぎませんでした。それに対して、The Villagesでは、ゴルフカートで移動することを前提に、交通計画の最適化が都市計画レベルでおこなわれています。たとえば、商業施設やレクリエーション施設、医療施設は、カートの行動半径にあわせて配置されています。またそれぞれの施設の至るところにゴルフカート用の駐車場が配置されているのです。

フロリダ州であれば、ゴルフカートは14歳以上の誰でも乗ることができ、運転免許も必要としません。歳を重ねるなかで運転に自信がなくなった人や、これまで免許を取ったことのない人であっても乗ることができます。さらに既存の交通網と比べて渋滞リスクも低く、自動車と比べて購入・保守費用も安く済む。移動中には温暖な外気に触れることもできるというわけです。

アメリカにおいてゴルフカートは、デコレーションやカスタム文化の対象であり、愛着をもちやすい存在です。そのため、The Villagesでは「ユニークで、記憶に残る、楽しい(街の)アイデンティティ」をアピールする格好のマーケティング・ツールにもなっています。

民間企業による統治

The Villagesを構成するCDD(community development district)の配置図(出典:Simpson, D. (2015). Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society. Lars Müller Publishers.)

テーマパークの手法を取り入れた景観デザインから、ゴルフカートを中心に据えた交通計画まで──The Villagesがここまで見てきたような独自の都市開発を民間ベースで進められたのは、フロリダ州におけるコミュニティ開発地区(CDD:community development district)制度のおかげです。フロリダ州法第190条が定めるCDDは、請願者の申請に基づいて、州が特別な行政区を設立するという仕組みになっています。州によってCDDが設置されると、請願者は自ら都市を計画、開発し、そこから収益を生み出すための機能の多くを担えるようになります。つまり私企業であっても、独自の行政権を有するCDDを介すことで、地方自治体のように都市計画をおこなうことができるというわけです。3つの商業用CDDと、9つの住宅用CDD、あわせて12のCDDで構成されるThe Villagesは、フロリダ州で最もCDDが集中した地域となっています。

ただし、The VillagesにおけるCDDの特色は、コミュニティのさまざまな面に及ぶディベロッパーの影響力の大きさにあります。それが可能になっているのは、ディベロッパーがThe VIllages域内のさまざまな市場──レストランから銀行まで──を独占的に支配しているからです。本来の意味で地域を代表するはずである議員や政治家すら、The Villagesのディベロッパーを支持する人物が当選する傾向にあるようです。なぜなら、有権者たる住民たちに情報を与えるメディアもまた、The Villagesによって運営されているからです。一方の住民は、都市開発に対してきわめて限定的にしか関与できません。設計や資金調達、建設に関する重要な決定がなされた後に、住宅用CDDの理事会で意見を述べることができるのみです。それにもかかわらず、住民はアメニティやメンテナンスのために料金を支払わなければならない。こうした状況は、住民たちによって組織される不動産所有者協会(PDA)から「代表権のない税金」と呼ばれているといいます。

ヤング・オールドにとっての理想の退職生活を具現化したテーマパーク的都市でありながら、ディストピア的な空気感も漂わせるThe Villages。評価はどうあれ、それが世界最大のリタイアメント・コミュニティとして多くの人々の支持を集めている現実に変わりはありません。最後に、著者がこうしたThe Villagesをめぐる政治的な状況をどのように分析しているか見ておきましょう。「(The Villagesは)完全なる作りものであると同時に、極めて現実的なものでもある...休暇が永遠に続く空間でありながら、住民たちは彼らの『休暇』の実現可能性を脅かす成長のコストに直面しているのだ」。

「Deane Simpson『Young-Old: Urban Utopias of an Aging Society』を読む」最後となる次回第三回目は、日本におけるヤング・オールド・アーバニズムの事例として、長崎県のハウステンボスを取り上げつつ、これまでの議論を総括します。ご期待ください。

中村健太郎Kentaro Nakamura

1993年大阪府生まれ。2016年慶應義塾大学SFC卒業。主な寄稿に、「Eyal Weizman “Forensic Architecture VIOLENCE AT THE THRESHOLD OF DETECTABILITY” 建築が証言するとき──実践する人権をめざして」(建築討論、2018年11月号)、「『アクター・ネットワーク』──『科学』としての建築学は可能か」(建築討論、2019年7月号)など。

瀬下翔太Shota Seshimo

1991年、埼玉県生まれ。東京都在住。編集者、ディレクター。NPO法人bootopia代表理事。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2012年より批評とメディアのプロジェクト「Rhetorica」の企画・編集を行う。2015年に島根県鹿足郡津和野町に居を移し、2021年春まで高校生向け下宿を運営。主な著作に『新世代エディターズファイル 越境する編集──デジタルからコミュニティ、行政まで』(共編著、ビー・エヌ・エヌ、2021年)、『ライティングの哲学──書けない悩みのための執筆論』(共著、星海社、2021年)など。