IDEA

尾道のおばあちゃんとわたくしホテル
──ひとつの敷地に共存する小規模多機能居宅介護とホテルが作る地域との繋がり

Writer:Yuko Shibata

路地で繋がる2つの施設と地域

尾道を拠点とし、様々な高齢者施設を展開する株式会社ゆず。同社は2022年の春に、小規模居宅介護施設[※1](以下「小規模多機能」)と小さなホテルをオープンさせました。わずか三組の宿泊客のためのホテル「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」と小規模多機能「ゆずっこホームみなり」。

面白いのは、ふたつの施設が同じ敷地に建てられていることです。ほかに類を見ない高齢者施設とホテルの同居。これによって、施設には地域の内外からいつも様々な人が訪れています。良くも悪くも対人関係が画一化されてしまいがちな高齢者施設に、バラエティに富んだ人間同士の繋がりを持ち込むことに成功しているのです。この計画の仕掛けの中心を担っているのが、ふたつの施設の間で敷地内をゆるやかに蛇行する路地空間。この小路を挟むことによって、高齢者施設とホテルの間を緩やかに繋ぐ緩衝地帯が生まれています。

また後述するように、そこにはコロナ下におけるケアを支える合理的な機能も埋め込まれています。さらにこの路地空間は、施設の利用者だけでなく地域住民にも開かれており、敷地内にはベンチのある小さな広場や子供が遊べる簡単な遊具など、気軽に立ち寄れる工夫が随所に見られます。今回は、このふたつの施設と路地が生み出す人々の繋がりと、それを可能にする空間的な仕掛けを解き明かしていきたいと思います。

建物右:小規模多機能居宅介護「ゆずっこホームみなり」
建物左:宿泊施設「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」

[※1]小規模多機能型居宅介護は、1つの事業者と契約するだけで、「通い(デイサービス)」を中心として、利用者の様態や希望に応じて、随時「訪問(訪問介護)」や「泊まり(ショートステイ)」のサービスを、組み合わせて利用できる地域密着型施設。家庭的な環境と地域住民との交流の下で日常生活上の支援や機能訓練を行います

小規模多機能居宅介護「ゆずっこホームみなり」

ゆずっこホームみなりの平面図

小規模多機能「ゆずっこホームみなり」は、登録定員29名、通いの利用者18名/日、宿泊利用者9名/日を定員とする、個室9室の小さな施設です。施設のエントランスは、昔ながらの散髪屋さんのような小さな地域交流室(①)。そこが入り口機能を担っています。隣には、交流室と繋がったリビング(②)があり、施設の利用者と外部からの訪問者は、この隣り合う2室にいるだけで緩やかな繋がりを作るのです。地域交流室のすぐ外にある小さな広場(⑩)を訪れた地域の住民が、そのうちこの地域交流室に招かれ、施設の利用者と交流するのは容易に想像がつきます。

地域交流室の入口と小さな広場

洗髪台のある地域交流室

開かれたリビング(左奥には地域交流室が見える)

扉で仕切られたその奥には、施設利用者専用のダイニングキッチン(③)が続きます。ここでは隣のダイニングとは逆に、同じ空間にいながら個々に楽しむことができるように、小さく分割されたテーブルや、窓に向かって設置されたカウンターテーブル等、様々な居場所がダイニングとしてひとまとめにされています。利用者はタブレットで個別でTV閲覧したり、読書したり、窓の外を眺めたり、端の方でストレッチしたりと自由に振舞っています。ダイニングの角にある横長窓のすぐ外のさんかく公園(⑫)、登れる階段状のアスレチックが設置されており、そこで遊ぶ子供たちが、窓から顔を覗かせてダイニングにいる利用者と交流できるように計画されています。

交流室側から見るダイニングキッチン

内庭を向くダイニングのカウンターテーブル

横長窓のあるダイニングの角

ダイニング角の横長窓の外のさんかく公園

ダイニングの角を曲がった先には、個室(⑤)ゾーンが続きます。このゾーンには浴室やトイレ、洗面や洗濯室といったプライベートな機能が含まれ、地域交流室にいる訪問者からは見えないように配慮されています。廊下(④)は雁行しつつ、所々に座れるスペースが作られており、ここではダイニングとは違う過ごし方ができるように工夫されています。個室近くには、路地に面するテラスがあり、利用者本人が洗濯物を干すといった行為も、路地空間に表出されるように考えられています。

ダイニング側から見た廊下

尾道とおばあちゃんとわたくしホテル

尾道とおばあちゃんとわたくしホテルの平面図

路地の反対側には宿泊施設である「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」があります。玄関、リビング(⑧)、ダイニング(⑦)は共有スペースとなっており、それを中心に個室(⑥)が周囲を囲んでいます。大きなキッチンと10人程が座れるテーブル、カトラリーなどが備わっており、家のようにリラックスして過ごせるしつらえとなっています。

リビング(右奥にダイニングが見える)

ダイニング(奥にリビングが見える)

画像左:リビングにある48種のコトバの処方箋
画像右:玄関

このホテルは、障害者や高齢者の宿泊にも対応しています。車椅子が旋回できるスペース、低い位置にあるスイッチ、所々にある手すり、介助のしやすい2連引き戸のトイレ、介助椅子を備えたシャワールーム、車椅子のまま使える洗面台など。そして、敷地内のアプローチから、部屋の中までバリアフリーとなっており、車椅子であっても敷地内を散策できるようになっています。

客室のひとつ

画像左:洗面コーナー(奥はトイレ、右側はシャワールーム)
画像右:低い位置にあるスイッチと手すり

ホテルの窓から見える景色は、路地とその向こうにある小規模多機能。路地で植物に水やりをしている高齢者や小規模多機能の内側の生活が垣間見えます。このホテルは中心地から離れた閑静な場所にあり、独立したホテルであれば地域の息遣いを感じることはなかったかもしれません。しかし、このホテルでは路地で見られる地域の営みが、旅行者に地域との関わりとささやかな思い出を作ってくれることを予感させます。

客室の窓から路地を見る

ダイニングから路地を見る

リビングから路地を見る

路地の役割

ホテルの利用者、地域住民、小規模多機能の利用者といった、目的や性質の違う人々がこの路地空間を訪れます。2つの施設の生活が互いに少しずつ路地空間に表出され、それをきっかけとした交流が随所で起こります。挨拶といった簡単なものから、明日の約束をするような親しいものまで。そういった日々の交流が、高齢者施設で時おり問題になる「介護者と利用者」といった双方向だけの関係性を緩くさせ、閉塞的になりがちな高齢者の生活を豊かなものにしています。

路地に設置されたベンチ

小さな広場からホテルの入口を見る

ホテルのBBQテラス

また、小規模多機能に対しては、もっと実用的な役割も持っています。新型コロナ感染症下では、高齢者施設に入所している高齢者の看取りや面会を感染予防として断られるという事態が起こりました。その原因のひとつは、感染症を想定したゾーニングに対応していない設計だったからです。この小規模多機能では、そういった際の家族との面会や看取りを想定して、内部の個室群をカーテンなどでゾーニングできるようになっています。そしてゾーニングされた個室のブロックはそれぞれ、路地空間から入ることができ、感染症下であっても、家族との対面を可能にします。

ゾーニングとゾーンへの入り方

高齢者施設の透明性を作るという課題

かつて高齢者施設は、プライバシーを必要とする性質から、その多くが、外部との交流がないブラックボックスでした。昨今はその状況を改善しようと、様々な試みが行われています。敷地内に地域住民が立ち寄れるようなカフェを作ったり、地域の子供たちと施設の高齢者が交流できるように、施設に駄菓子屋を併設したりなど

多くの事例がある中で、この施設の着目すべき点は、路地という無料空間があることです。外部空間なので、利用するにも敷居が低く、老若男女問わず、誰でも利用することができます。

敷地内に作られたたくさんの居場所によって、この施設は地域にある「拠りどころ」となりました。そして、多様な人が関わるようになり、透明性を得たこの施設は、施設 全体におおらかな雰囲気を作り出すことに成功しています。こういった手法は、高齢者施設の風通しを良くする、ひとつの手本になるのではないでしょうか。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。