RESEARCH

2054年以降の人口減少を見据えた
高齢者施設とは!?

Writer:Yuko Shibata

段階的に変わりゆく高齢化社会の様相

介護事業において、年齢別の人口統計データを読み解くことはとても重要な意味をもちます。特に、2025年から2054年にかけて高齢者の人口が増加し続け、一転してその後は、高齢者人口が減り始めると予測される中で、これらの状況を熟慮する必要があります。

このような背景から、高齢者施設の構造形式として木造が適しているとの意見が広く浸透しています。今回は高齢者施設と木造に焦点を当て、これについて詳しく分析してみましょう。

特に、介護事業は寿命の長い建築物を所有しなければなりません。そのため、数十年にわたる長期スパンでの事業展開を考慮する必要があります。このような状況では、将来の人口変動を予測し、建物の取り扱いについても検討する必要があります。

高齢者の増減だけでなく、2025年から2040年までの15年間で、15歳から64歳までの生産年齢人口が約1,200万人減少するという「2040年問題」にも目を向け、政策の動向を予測しながら、介護人員の確保にも注意を払わねばなりません。

高齢者施設の供給過剰や介護人員不足という事態を受け、令和4年度から社会福祉連携推進法人制度[※1] が施行され、高齢者事業者の統合に関しても動き始めています。

[※1]​​令和4年度から施行される複数の社会福祉法人がグループ化した一般社団法人。社会福祉法人等が社員となり、福祉サービス事業者間の連携・協働を図るための取組等を行う新たな法人制度で、社会福祉連携推進法人の活用により、福祉・介護人材の確保や、法人の経営基盤の強化、地域共生の取組の推進などが可能となります。

時代を先読む事業計画と建設計画

2054年まで続く、高齢者人口の増加に対処し、その後の高齢者人口の減少に柔軟に対応することは難題です。さらに、同時に生産年齢人口の減少による介護人員の減少にも対策を練りながら、高齢者施設の建設についての展望を描くことは容易ではありません。これらの変化に適応できる高齢者施設とは、どのようなものなのでしょうか?

ひとつは、既存の建物を有効活用し、転用することで高齢者施設を構築する方法が挙げられます。例えば、ホテルを老人ホームに転用したり、民家を改装してグループホームに変えることで、新築に比べて施工費を抑え、事業の収益性を高めることができます。

次に、将来の展望を考慮し、高齢者施設を独立した事業単位と捉えるのではなく、2054年以降を視野に入れつつ、柔軟性を持たせて建設を進める手段があります。たとえば、将来的なホテルへの転用を想定し、サービス付き高齢者住宅を構築するケースなど。この事業アプローチでは、将来の需要に対応できるよう、建築物の耐久性や耐火性能を高くしておくという、検討が必要かもしれません。

もしくは、将来的な高齢者施設の需要の減少に備えて、段階的な介護事業の縮小を考えるのも手かもしれません。

大規模な建設工事が必要な場合、2054年以降を見据えて事業計画の期間や展開を検討し、建設工事の費用を効果的に見積もることが不可欠です。これにより、将来の変動により柔軟に対応し、持続可能な高齢者施設の構築を目指します。

高齢者施設に求められる耐火性能

建設プロジェクトの予算を決定する際、耐火性能は考慮すべき重要な要因の一つです。特に高齢者施設においては、その用途、建物の階数、規模などに応じて異なる耐火性能が求められます。基本的に高齢者が利用する施設は、高い耐火性能が必要とされますが、階数を制限することで、準耐火建築物やその他の耐火性能を持つ建物として建設することも可能です。

耐火性能の要件を満たしつつ、予算内で建設プロジェクトを遂行するためには、建物の規模、耐火性能の種類、そして構造形式を総合的に検討する必要があります。これにより、安全性を維持しながらも、建設費用を最適化するアプローチが可能になります。

減価償却期間が利益に関係する

建築の構造種別は、減価償却[※2]費に密接に関連しており、これが節税の期間や費用に影響を与えるため、慎重に計画を立てる必要があります。財務計画に配慮しながら構造種別を検討することが不可欠となります。

2054年以降は不透明な要素がありますが、それまでの間はおおむね高齢者施設の需要が高い状況が続くと見られます。この時期に建設費をなるべく前倒しで経費として計上し、多くを減価償却費として処理することが、介護事業の経営において重要な手法と考えられます。構造種別の中では、特に木造がメリットが高いと考えられます。高齢者施設向けの木造建築は、法定耐用年数が17年となっており、これは鉄筋コンクリート造の39年や鉄骨造の29年に比べて短期間で多くの費用を計上できるため、利益率の高い時期に集中的に節税が可能です。それ以外に、固定資産税に関しても、他の構造に比べると木造は低く抑えられます。

木造は、施設の建設費用の経済性や減価償却期間の短さといった利点だけでなく、近年の木造耐火規制の緩和により、ますます選択しやすくなっています。

[※2]固定資産の購入費用を使用可能期間にわたって、分割して費用計上する会計処理

助成金の活用

さらに、木造を選択するメリットとしては、助成金の存在があります。日本では、国産の木材の消費促進を目指し、都道府県が主導して地元の国産材の使用に対して助成金を支給しています。高齢者施設などの建設プロジェクトもこれに含まれていることがありますが、留意すべきなのは、このような助成金は地域の木材の利用を促進することを目的としており、使用方法には一定の制限がある可能性があるという点です。

たとえば、県産材でCLT(Cross Laminated Timber)を使用するという特定の制約がある場合、CLTの製造工場がどこにあるかを事前に確認する必要があります。近県にCLTの工場がない場合、県産の木材を工場のある地域まで輸送する必要があり、輸送費用を考慮すると助成金を受けるメリットが制約される可能性があります。このような点に留意しつつ、地域の木材を効果的に活用する方法を検討することが重要です。

木造を駆使する

高齢者施設の一階は通常、交流室やホールなどの柱のない大空間が求められることがあります。この場合、1階のみを鉄筋コンクリート造または鉄骨造にする「立面混構造」が一つの手法として考えられます。別の選択肢として、大空間に対して一部を鉄骨梁や構造用集成材を活用すれば、大空間を作ることもできます。さらには、そういった大空間だけ別棟にして、構造スペックを高くするなど、様々な手段があります。

コスト面でのメリットが高いのは、木造のうち特に在来工法と呼ばれる木造軸組工法です。在来工法は構造壁の配置によって構造強度を確保する工法であり、住宅規模の部屋の大きさを作るのは適していますが、それより大きい場合は、構造壁の間隔が狭くなり過ぎないように、構造設計者との事前の協議が重要になります。高齢者が利用しやすい廊下の幅などを確保するためには、壁の仕上げ寸法だけでなく、手すりの持ち出し寸法なども事前に考慮しなければなりません。

特にサービス付き高齢者住宅などの居室内が他の施設よりも複雑な場合、車椅子の利用を想定して居室部分の廊下幅などを検討する必要があります。在来工法の標準的な909ピッチでは狭いため、1212ピッチの導入などを検討しましょう。構造壁によっては、電気配線を通せない場合があるため、スイッチのための壁を追加して、余計に壁を分厚くすることがあります。これがさらに廊下を狭くする原因となるので、設備計画も事前に検証が必要です。

このような課題を回避できる手法として、SE工法と呼ばれる木造ラーメン構造が挙げられます。従来の木造建築と比較して、SE工法は壁の配置がより柔軟で、平面プランを自在に構築することが容易です。しかしながら、木造在来工法に比べて建設費が上昇する傾向があり、したがって、慎重なコスト管理が不可欠です。

木造高齢者施設に対する様々な視点の検討を通じて、今後の介護事業の建設プロジェクトにおいて、木造を究めることが持続可能な事業性を確保する鍵となるかもしれません。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。