RESEARCH

高齢者が一人暮らしをするための賃貸住宅を借りられないという問題
〜株式会社ノビシロ 鮎川沙代インタビュー〜

Interviewee:Sayo Ayukawa Interviewer&Lead&Afterword:Yuko Shibata Writer:Ittoku Yanagihara

現在、日本では848.9万戸もの空き家が存在します。平成30年の住宅・土地統計調査に基づくこの数字は過去最多の数であり、全国の住宅の13.6%に相当するものです。

このような住宅の供給過剰な状況にもかかわらず、高齢者が一人暮らしをするための賃貸住宅を見つけるのは極めて難しいという実態があります。これは、住居を所有するオーナーが、物件に住む入居者の孤独死を避けようとする傾向があるためです。その結果、高齢者が心身ともに自立していても、彼らが一人暮らしをするための受け皿がないという問題が生じています。

こういった賃貸システムの課題に対して、新しいアプローチを実践しているのが、神奈川県藤沢市で多世代型アパートを運営している株式会社のびしろの代表取締役鮎川さんです。

まったくの未経験から不動産業界に参入した彼女は、業界の慣習にとらわれない視点から湧き上がる率直な疑問に基づいて、不動産賃貸システムを変革しようと試みています。今回は、鮎川さんが感じた不動産賃貸システムの課題に果敢に立ち向かう様子と、その実践のひとつである「ノビシロハウス」についてお話しを伺いました。

起業のはじまりは物件を探す苦労の経験から

——まず、鮎川さんが株式会社のびしろを始められたきっかけを教えてください。


2011年の東日本大震災の後、佐賀県から上京し、東京で物件探しをしたことが「ノビシロ」を始めた、ひとつのきっかけとなっています。

上京して間もない無職の私が、物件を探すのは非常に困難で、不動産屋に冷たい印象を持ちました。それが原体験となり、「お客さまに寄り添った不動産屋さんをやりたい」と、2012年4月に自分で不動産屋を始めることにしたんです。

評判は紹介と口コミだけですぐに広まり、次第に他の不動産屋で断られたり、かつての私と同じ思いをしたお客さんが集まってくるようになりました。そうした方々の属性は、生活困窮者、障がい者、DVの被害者など、社会的課題を抱えたマイノリティでした。賃貸物件は良くも悪くもオーナーがルールなので、優しいオーナーさんに出会えるまで忍耐強く諦めなければ、彼らに住居を探すことは可能でした。

しかし、ある日やってきた高齢者のお客さんに対しては、どうしてもお部屋を見つけることができなかったんです。それにショックを受け、高齢者であるだけで入居を断られる理由を調査するために、オーナーや管理会社に聞いてみることにしました。

介護・医療の政策と不動産業界の不調和

——そこで見えてきた課題はどのようなものでしたか?


高齢者が入居を断られるのは、孤独死の可能性が高いことや認知症が理由でした。もちろん、中には「老い」に対する先入観もありますが、実際に認知症によるトラブルや、所有する物件で入居者の孤独死を経験したオーナーや管理会社は、高齢者の入居に対して極めて慎重になります。

非常に難しい課題ですが、それを解決したら貸してくれる可能性があるはずです。まずは、私自身が「老い」に対して理解を深めるため、全国から医療や介護関係者が集まる勉強会に積極的に参加することにしました。2016年には、高齢者向けの福祉サービスを提供する株式会社あおいけあの加藤忠相さんを紹介してもらい、「高齢者が部屋を借りられないという社会問題を解決したい!」と思いの丈をぶつけ、そうしているうちに、仲間が増えていきました。

そういった数年間の学びを通じて、不動産業界の抱える他の課題も見えてきました。現在、日本では国の介護・医療政策が在宅中心へと変わりつつあり、訪問介護・訪問診療が主流となってきていて、施設入居よりも、小規模多機能居宅介護などの在宅を中心とした通所施設の需要が増えています。ということは、事前に家が拠点として整備されていなければ成り立たないはずです。しかし、国交省のデータによると、高齢者が賃貸契約を断られるケースは6割に上っています。おそらく実態はそれ以上です。介護や医療の領域と不動産業界の間には依然として大きな隔たりが存在しています。これに加え、補助などもない中で、オーナーにとって高齢者の入居がリスクを伴うものであることは確かです。

そこで、私はそこを橋渡しする役割を果たしたいと思い、2019年に介護・医療業界、不動産業界やIT系を含めた7名の仲間たちと株式会社ノビシロを創業することになりました。

オーナーが安心して貸し出せる新しい管理の方法の模索

——株式会社ノビシロでは、どのような実践をされていましたか?


創業してメインでやりたかったのは、私たちが貸主になって高齢者を住まわせるというプロジェクトですが、まず手始めに、大手管理会社との間で業務委託を始めました。

オーナーがいくら高齢者の入居に消極的とは言え、何十年も住んでいる住民の高齢化は進行していて、実態としては、およそ一万戸あればそのうち約10%は高齢者で占められています。管理会社は、家賃さえ払い続けていれば入居者へ積極的に連絡を取ることはありません。ですから、若い家賃滞納者のことはよく知っていても、長く住んで家賃をきちんと払い続けている高齢者の状況は把握していない事が多い。ある意味、高齢者は優等生なのですが、ある日通報があって駆けつけると孤独死だったというケースが、一万戸あれば年に数件は起きてしまいます。そうやって、さらに高齢の新規入居者への締め付けが強まるという悪循環に陥っていました。

まず私たちは、この悪循環を断ち切るべく、入居者に対する聞き取りを始めました。入居者の中から抽出したいくつかの世帯へ訪問し、入居時からの状況の変化を聞き取ったり、主治医の有無[※1]の確認や認知症のチェックテストなどを実施しました。

この聞き取りは、安心して賃貸物件を貸すためには、入居者の状況を把握することが必要だという啓蒙的な意図もありました。「もっと長く住んでほしいからこそ知りたいんです」と説明をして、追い出されるんじゃないかと警戒する入居者の方にも、受け入れられていきました。

そんな中、神奈川県藤沢市にあるアパート一棟を買わないかという話が舞い込んできました。一棟管理は元々興味がありましたが、実現するのはもっと先のことだと思っていました。とんとんと話が進んで、思い切って購入。それが、2021年2月に完成したノビシロハウスです。

[※1]自宅での死亡時に主治医がいなければ不審死とみなされ、警察による捜査が必要となります。これに伴い、死亡時の手続きは複雑化し、関係者にとって煩雑なものとなります。

新しい管理の実施例「ノビシロハウス」

——ノビシロハウスの運営方法を教えてください


ノビシロハウスは、神奈川県藤沢市にある平成16年築の軽量鉄骨造のアパートで、全8部屋です。元々は学生向けの投資用マンションとして運用されていました。その隣に、コミュニティスペースや地域医療の拠点として新たに別棟を増築しました。

(画像左)住宅棟(画像右)別棟。コミュニティスペースや地域医療がテナントとして入る。1F正面に見えるのは、カフェ。

8室のうち2室はこのハウスで高齢の入居者に対して日常的に声がけをするソーシャルワーカーの役割をするのと月に一度の「お茶会」を主催するという条件で家賃が半額になるというルールになっています。今は二十歳前後の若者が住んでいます。他の部屋には、高齢者や車椅子の方が入居しています。

この「お茶会」は、ここの特徴的なルールのひとつです。高齢の入居者も参加することが、入居条件となっています。これはフランスの「隣人祭り」という、1999年にパリのアパートである老人が孤独死した反省から生まれた交流イベントを参考にしています。見守る、お世話するではなく、まずは人となりを知って親しくなるきっかけを提供するという狙いです。

ノビシロハウス平面図

ノビシロハウスは、高齢者施設でもサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)でもありません。現在、家賃は7万円で管理費が1万円です。これは、一般賃貸としては藤沢エリアの相場の約2倍と高めに設定されていますが、競合はあくまでサ高住だと思っています。サ高住に比べると相場のほぼ半額以下で、「リーズナブルかつ安心できて楽しい生活」をコンセプトにやっています。

ノビシロハウスの居住から見えてきたもの

——ノビシロハウスでは、どのような交流が生まれていますか?


ノビシロハウスでは、ルールである「日常的な声かけ」は各人に合わせて柔軟に運用しているので、試行錯誤によってさまざまな交流が生まれています。

例えば、近くの大学で学ぶ中国からの留学生は、大学の講義を録音して、あとで高齢の入居者と一緒に聞き、難しい単語の意味を教えてもらっているようです。他にも、高齢の入居者とラウドロック好きのバンドマンである若い入居者が、一緒にカラオケに行って盛り上がるなんてこともありました。想定を超えて、本当のご近所付き合いが広がっているなと感じます。

——最近、看取りを経験されたと伺いましたが、その時のことを聞かせてください。


ハウスでは、入居者さんが亡くなることも決して珍しいことではありません。

私は、住居での死がタブーになっている現状を変えたいと思っています。少し前の日本では、みんな自宅で亡くなるのが普通でした。放置されると遺体が腐るから家が痛むけれど、それを防げばそれ以外の問題は何もないはずです。だから、空室をサブリースする際も「死なない」とは絶対に言いません。むしろ「死ねるアパートを作りたい」と言って理解してくれるオーナーさんから借りたいと思っています。

死というものは、必ずしも悲惨で怖いものではない。時には暖かい空気が流れるような看取りだってあるんだよということを若い世代にも知ってほしいんです。実際に、前の入居者さんが亡くなった部屋は、家賃を下げることなくすぐに次の入居者が決まりました。

「ノビシロ的な暮らし」のゆくえ

——ノビシロハウスの運営の中で経験された失敗があれば、教えてください。


老人ホームやサ高住を転々としてきて、照れ臭いのかなかなか輪に入りたがらない男性がいました。二年経って一度しかお茶会に参加せず、このままでは再契約できないという寸前まで行きましたが、いざ参加するようになったらあっさり楽しむようになりました。

ルールの理解と背中を押すタイミングの重要性を再認識した経験でした。


——株式会社ノビシロの今後の展望についてどう考えられていますか?


3年間やってみて、こうした「ノビシロ的な暮らし」をいいねと言ってくれる方が、意外に多いことがわかってきました。これまでは高齢者専用住宅に入るか、あるいは持ち家に居座り続けるかでしたが、そういった状況に新しい選択肢を提示できていると思います。

今は一人暮らし用のお部屋しかありませんが、夫婦で住みたい方や、親子で住みたい方も受け入れたいと思っています。これからは、大きめの間取りを作ったり自由設計的にやりつつ、当初からのアイデアだった、空室を利用する分散型ノビシロハウスを作りたいです。徒歩圏内に10部屋くらい借りて、コミュニティの場は別に借りる計画です。まずは藤沢エリアでやってみて、そこで可能だったら他の場所でもできるんじゃないかと期待しています。

ノビシロハウスの一室の扉横に飾られた、居住者の植木鉢。このような自由な飾り付けが許される環境は、住人同士の温かい関係が築かれていることを象徴しているかのように感じられます。

実際に足を運んだ「のびしろハウス」は、観察すればするほどに、大小さまざまな工夫が凝らされていることがよく分かる場所でした。これらの工夫がもたらす「ご近所やお隣との交流」が、ここに小さなコミュニティを作り上げ、通常のアパートでは得難い豊かな日常生活を居住者の方々に提供しています。

空間的なアイデアと運営の工夫を組み合わせることで成り立つ「のびしろハウス」。そこでは高齢者にやさしい不動産賃貸システムの実現にむけ、着実に歩みを進めていることが感じられました。

鮎川沙代Sayo Ayukawa

株式会社ノビシロ代表取締役CEO
1982年佐賀生まれ。東日本大震災を契機に上京し、2012年に株式会社エドボンド代表取締役に就任。一人ひとりの理想の暮らしの実現に向け、10年以上不動産仲介業に取り組む。2019年に「高齢になるとお金があっても家が借りられない」という社会課題を解決するべく株式会社ノビシロを創業し、代表取締役に就任。2023年、株式会社BAKERUとのM&Aを締結し、グループ入り。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。