IDEA

リゾート×自立支援介護 非日常の自立支援介護が作り出す新しい価値

Reseacher & Writer :Yuko Shibata

日常と非日常を横断するリハビリメソッド

兵庫県宝塚市に拠点を置き、リゾートと自立支援を組み合わせた3つのプロジェクトを進めている株式会社ポラリス。彼らは、2000年から長きに渡り、デイサービスで自立支援介護を提供してきました。現在ではその数は、全国で71箇所になります。一方で、コロナ禍の2021年から段階的に、ハウステンボス・リーガロイヤルホテル大阪・ピースボートといった、3箇所で、自立支援サービスの提供をスタートしました。

この日常(=デイサービス)と非日常(=リゾート)で提供される自立支援介護は、前者では介護保険で利用ができ、後者では自費治療になるといった違いがありますが、提供されるリハビリプログラムに違いはありません。大きく違うのは、それが提供されるロケーションです。そして、このリゾートプロジェクトの3つも、個々のロケーションの違いを活かし、自立支援サービスと滞在に独自の魅力をプラスしています。

各リゾートプロジェクトのホテルや船内では、ポラリスの施設がわずか100㎡程度のコンパクトなスペースで運営されています。今回は、特にそのリハビリ室の設置されたロケーションに焦点を当て、周辺の状況が自立支援介護にどのような展開をもたらすのかに着目し、掘り下げていきます。

この記事は『リゾートという環境が証明する自立支援介護の有効性〜株式会社ポラリス森剛士インタビュー〜』と合わせてお読みください。

リゾート滞在型ヘルスケアツーリズム@ハウステンボス

ひとつめのプロジェクトは長崎県佐世保市のテーマパーク内のホテルの中にあります。

以前も記事の中で、オランダの街並みを雰囲気を堪能できるテーマパークであるハウステンボスにリタイアメント・コミュニティとしての側面があることをご紹介しました。ハウステンボス内にある住宅分譲地は、当初高齢者層のリタイヤ後の住居としての利用を想定していましたが、実際には、高齢者層のセカンドハウスとしての利用が主だといいます。また、入場客数の1割以上が宿泊をするといった観点から見ても、ハウステンボス自体が、長期滞在に適したテーマパークと言えるでしょう。

園内には、様々なカルチャースクールが用意され、入園者はそのプログラムに参加することができます。オランダを再現した街並みだけでなく、これらのアクティビティが長期滞在者に対して、幅広い過ごし方の選択肢を提供しています。

九州という立地からか、ハウステンボスは東アジア圏から手軽に来れるヨーロッパとして人気で、2019年9月期の入場者254.7万人のうち、訪日客は16.3万人で全体の約6%となっています。同年の訪日外国人来場者数2位の東京ディズニーランドの入場者数のうち、約1割が訪日客という数値から見ても、訪日外国人に人気のテーマパークであると言えます。(国土地理院撮影の空中写真をもとに柴田木綿子建築設計事務所作成)

そんなハウステンボス内の「ホテルヨーロッパ」の一角を利用し、ポラリスは「リゾート滞在型ヘルスケアツーリズム」と題して、2021年12月からリハビリサービスを提供しています。3ヶ月以上を基本とするこのサービスでは、テーマパーク内の観光もトレーニングに組み込んだオーダーメイドのリハビリプログラムを展開しています。

園内では、馬車やカート、バス、船といった様々な移動手段が用意されています。こういった園内の移動手段に助けられつつ、園内の魅力的なアクティビティと組み合わさり、利用者は自身の体の機能レベルに合わせて観光を満喫しながら、トレーニングにも取り組むことが可能になっています。

水辺を囲むように作られたホテルヨーロッパ。一歩外に出れば、オランダの街並みが広がります。ホテルの目の前にはハーバータウン、少し足を伸ばせばアムステルダムシティ、さらに奥にいくとアートガーデン。ホテル内でリハビリプログラムを受けながら、リハビリの効果を実感するように、散歩の目標距離を段階的に設定するといった、テーマパークならではのリハビリプログラムを実践できる環境となっています。(国土地理院撮影の空中写真をもとに柴田木綿子建築設計事務所作成)

ポラリス ステイ Premium@リーガロイヤルホテル大阪

ふたつめは大阪市の中心地にある1000室を超える客室を持つホテルの中で展開されています。

ポラリス ステイ Premiumの入るリーガロイヤルホテル大阪は美術家やホールが集まる文化的なエリアに位置するアーバンリゾートホテルと呼ばれています。大阪駅からわずか電車で14分の好立地に位置し、関西圏からも気軽にアクセスできるため、非日常と自立支援介護を体験できる魅力的な場所となっています。ポラリスは、そのホテルの一角を利用して、ここでポラリス ステイ Premiumと名付けた、自立支援介護を提供しています。

リーガロイヤルホテル大阪のある中之島の中洲には、美術館や博物館などの文化施設がコンパクトな範囲に集約されています。また、川沿いには遊歩道が整備されており、中洲の反対側にある中之島公園やバラ園まで続いています。(国土地理院撮影の空中写真をもとに柴田木綿子建築設計事務所作成)

ここの特徴としては、3つのプロジェクトの中で、唯一誰でもアクセスできる都市の中にあること。外界と隔離もされていないので、短期間利用も可能になっています。森さんがインタビューで語った次の言葉はそれを裏付けるものです。

「一番ニーズがあったのは、元々ポラリスに通っていた人が気分転換で一週間ほど行きたい、とか。同じことをやっているのにそういうニーズがあるのは意外でした。やっぱりリゾートの非日常空間で癒されるというのもあるんじゃないですかね。」

全国に展開する71の自立支援介護デイサービス施設の利用者たちが、「ちょっと旅行ついでに」と飛行機や新幹線を利用して、大阪のこの場所に足を運ぶこともあります。こうした利用者たちがアクセスしやすい立地にあることは、非常に魅力的な要素になっています。

ポラリスクルーズ@ピースボート

最後の3つ目は、なんと海の上。世界を周遊するクルーズの中で、リハビリサービスを提供します。

豪華客船ピースボートで提供される自立支援サービス「ポラリスクルーズ」は、3ヶ月にわたる世界一周クルーズを通じて、体験することが可能です。このピースボートでは、船上で様々なアクティビティが用意されており、乗船者は興味や目的に応じて自由に参加することができます。

ピースボートが提供する一部のクルーズの寄港地。ポラリスクルーズの利用者は、寄港地で何をするか、降りるか降りないかも含め、利用者ごとに相談の上決定します。

これらのアクティビティを楽しみつつ、船は世界各地を移動し、寄港先では世界遺産や自然の美を訪れます。そして、その土地に住む人々と交流を深めたり、新たな文化に触れたりすることで、乗船者は非日常の刺激的な旅を味わいます。この非日常の中で、ポラリスによる自立支援サービスも受けることができ、利用者は船旅と共に健やかな体を取り戻すことができるのです。

高齢者を元気にするだけでなく、このクルーズは隔離された状況で自立支援を行い、そのデータをエビデンスとして収集する役割を果たしています。しかしながら、このクルーズはそれだけではなく、他にも重要な役割を担っています。それについて森さんはこう言います。

「われわれのミッションは、日本、世界にわれわれのメソッドを広めることです。なので、このプロジェクトはマーケティングでもありプロモーションでもあるんです。ピースボートのクルーズには日本以外の方も乗っていますし、世界中を回りますから私たちのやってることを世界の人々に知らせるきっかけにしたいと思っています。」

ピースボートクルーズには世界様々な国の乗船者が乗り合わせています。船上のアクティビティを堪能するうち、外国人の友人ができることもあるでしょう。知り合った時には、車椅子でも、一緒に船を降りる時には、一緒に歩いて船を降りるなんてことも夢ではないのかもしれません。

高齢化社会において国際的な牽引役となる

現在、高齢化先進国である日本は、その豊富な知見を活かし、その知識や技術、設備などを海外に展開してゆく動きが拡大しています。ポラリスのリゾートプロジェクトは極めて特異な事例で、私たちには直接関連性がないように感じられるかもしれません。しかしながら、こうした非日常的なプロジェクトが広く人々の関心を集めることで、日本が高齢化社会において築き上げてきた経験や知識を、国外に輸出する契機になることも大いにありうるのではないでしょうか。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。