RESEARCH

教えて!感情環境デザイナーさん
——設計見てもらえませんか?その1

Interviewee:Satoe Sugimoto Interviewer&Writer:Yuko Shibata Design:Yuko Shibata Architects

高齢者施設において生活の中心となる共同生活室(リビングスペース)。利用者の食事や憩いの場としてだけでなく、介護職員による簡単な作業など、様々な機能を内包しています。このスペースでは家庭的な雰囲気にすることを重視する一方、職員が介護に必要な作業をする上での機能性も必要とされており、設計の工夫はまだまだ検討し尽くされていません。

今回この記事では、ユニット型特別養護老人ホームの共同生活室を想定し、感情環境デザイナーとして高齢者施設の設計に関わっておられる杉本聡恵さんと、設計事務所を主宰する柴田木綿子で共同生活室における介護スタッフスペースのデザインの可能性を考えます。

杉本さんの経験された高齢者や介護者の視点を引き出しながら、介護スタッフスペースへの要望をまとめ、そこから導き出されたデザインを土台にさらなる議論を重ね、デザインをより実用的なものに洗練していきます。

感情環境デザイナー杉本さんのインタビュー形式でお届けします。聞き手は建築家である柴田がつとめました。

感情環境デザインという新たな領域

柴田:まずは、感情環境デザインについて教えてください。


杉本さん:医療福祉の現場には、目に見えずらい心の中に閉じ込められた感情がたくさん存在しています。日々忙しいケアスタッフは、そういったことにまで意識が向きにくいのが現状です。感情環境デザインは、感情に働きかけ、自発的な行動に繋げることを目標としています。「心を生かすこと」を根幹に、人間が行動する強い動機である「感情が動くこと」を軸に環境をデザインします。

感情環境デザインでは、生きづらさを感じる人々のいつも傍らにある「環境の力」を最大限に活かすことで、幸せだと感じられる心の土台をつくります。


柴田:どのような経緯でこの職業は生まれたのでしょうか?


杉本さん:医療福祉現場の環境デザインに興味をもつようになったのは、学生時代に病院でアルバイトをすることになったのがきっかけです。何の知識もなかった当時、私は入院中の認知症患者さんの笑顔が少ないことが気になり、認知症の患者さんを数名集めて、テーブルクロスからお花までを飾り付け、ティーセットに紅茶を入れ、屋外で「ティーパーティー」を開いたことがあります。

すると、患者さんの目にみるみる生気が宿り、普段の生活の中では見ることができなかったエネルギーが患者さんの中に秘められていることに気づきました。

人の幸福感は環境の演出によるものが大きいと実感した私は、患者さんたちに生きる喜びを感じてもらうために、環境とケアの掛け合わせを実践していきたいと思いました。そしてこの分野に大きな可能性を感じ、その病院にそのまま就職し、病院の生活環境の改善や余暇活動に取り組む企画部を立ち上げ、企画部長として6年ほど勤めました。

ただ、医療のプロではない私が現場で様々な提案をするために、もっと知識を深める必要がありました。身体・社会・精神すべてにアプローチでき、特に環境や精神面に重きをおいている「作業療法」に興味を持ち、資格を取ることにしました。
その後、私が考える医療の現場に必要な環境デザインを、根拠を持って説明できるようになり、医療従事者の協力を得やすくなりました。

共同生活室にある「名もなきスタッフゾーン」

柴田:共同生活室(リビングスペース)に様々な機能が集約されているケースが多いからか、このスペースが様々な施設見学の際に、雑然としているのを何度か目にしたことがあります。例えば薬の袋がカゴに入れられ、キッチンカウンターに雑多に置かれていたり。そういった、日常の景色が散らかっていることで、利用者に対してどのような影響があるのでしょうか?


杉本さん:感情を軸とした環境デザインの視点で、特養などのキッチンにある「名もなきスタッフゾーン」で私が感じるのは、そのスペースが利用者さんの生活のエリアであるということの認識が薄いということ。利用者さんの大切な場所に、例えば書き途中のカルテや血圧計などが作業の途中のように無造作に置かれていることがあります。

いつも自分たちが過ごす場所をそのように扱われると、自分の存在を無視されているような、悲しい気持ちになる人もいます。それは、健康な私達には理解できないかもしれませんが、身体機能だけでなく、精神・認知機能もかなり低下した介護施設に来られるような利用者さんは、その不快さを職員に伝える事は難しいと思います。

利用者は職員にお世話になってるという感覚の方が多く、その状況を「しょうがない」と思いつつも、決して良いと受け止めているわけではありません。そういったことが日々積み重なっていく中で、そこを自分たちの居場所として心から思えるでしょうか。働く側にとっては、何気ないことかもしれませんが、散らかされた共同生活室に対して、利用者のどういう心の状態があるかを、それほど想像してないかもしれません。まずその空間は、精神的にも肉体的にも弱ってる人たちのものなんだということを意識することが重要だと思います。

  

柴田:介護施設の職員さんの働きぶりを見ていると、作業の途中に他の事案に対応しなければならなくて、片付ける暇がないこともあるんだろうと思っていました。でも、杉本さんのお話を聞いて、利用者さんが悲しい気持ちになるというのは、すごく自然な事だと実感しました。ただ、介護職員不足の中、やはり職員の労働の効率性も考えなくてはならないとも思います。


杉本さん:例えば家族に買ってきた惣菜を出す場合、パックのままでなくお皿に盛り付けて出すといった気遣いがあります。利用者さんに対する配慮も、そんな風にちょっとした思いやりと愛情のひと手間を考えてみることが大切です。要は「あなたを想っています。」を形にして届けることです。急な対応が必要な状況が頻繁に起こるのであれば、例えばテーブルの下にぱっと入れて収納できる場所であったりとか、人目につかず簡単に収納できる場所を作っておくとか。

スタッフの作業量を増やすことなく、片付けの見せ方に配慮することは可能なことだと思います。

利用者さんに生活リハビリとして一緒に取り組む時に、その周辺が散らかっていると注意が散漫になり、一番重要な目的物に意識が向かず、目的を達成するのが難しくなることがあります。介護施設というのは、その人らしい行動をその施設の環境でどうやって引き出すかっていうのが重要なポイントです。それを達成することが、環境デザインの大変重要な役目だと思います。

共同生活室で行われる作業

柴田:簡単な調理や料理の配膳以外に、共同生活室での職員の作業はどのようなものがあるのでしょうか?


杉本さん:まず利用者の状態をノートやパソコンに記録するという作業があります。簡単な記録は、共同生活室のテーブルでささっと書いたり打ち込んだりすることが多いと思います。腰を据えての作業の場合は事務所などに移動して作業することが多いです。深夜、利用者さんが個室で寝れず、気分転換したい時や不安な時に共同生活室で過ごすことがあるのですが、その間、夜勤のスタッフは共同生活室で利用者さんのそばで過ごすことが多いです。

薬の管理も共同生活室を中心に行われます。利用者ごとの薬を分けて整理したりという作業ですね。服薬は利用者さんの状況によって変わっていく場合があるので、連絡ボードなどで情報共有をして、そのボードを見ながら深夜にセットしたりします。連絡ボードは個人情報の観点から、あまり見せたくはないものです。

全体の見た目については、やはりナースステーションぽいものは避けたいです。事務的な機能はあってもいいのですが、いかにも病院にあるようなナースステーションのように、介護する側とされる側が分けられることがないよう、同じ屋根の下で過ごす仲間として、いつでも気軽に声をかけ合えるしつらえが求められます。

杉本さんのお話から見えてくる、共同生活室に必要なスペースや機能

・簡単な介護の記録をするためのスペース
・薬の管理場所とセットする作業スペース
・申し送りのノート置き場
・ささっと片付けれる仕組み
・情報共有できる仕組み(連絡ボード等)
・介護される側、する側を分断しない雰囲気
・利用者も手伝いやすい仕組み

柴田からの提案

その1「バードハウス型ステーション」

その2「みんなで協力 P字キッチンステーション」

その3「なんでもぽいぽい 隙間パーティション」

その4「みんなでわいわい 屋台型キッチン&ステーション」

その5「両側使い ライブラリー型ステーション」

要望を元に、しばたゆうこ事務所として5つの設計案を検討しました。次回はこの提案を土台にして、杉本さんと様々な視点から検証し、案を評価していきます。良い点やダメな点といった、明確な議論だけでなく、答えのない議論まで。この議論は高齢者施設を設計するために大切なポイントをたくさん導きだしてくれるはずです。最終的には修正を重ね、最終案として提案をまとめます。乞うご期待。

杉本 聡恵Satoe Sugimoto

エンプラス株式会社 代表/感情環境デザイナー/作業療法士/IEE教育環境研究所 客員研究員
1972年 山口県生まれ。広島県育ち。大阪府在住。病院・介護施設での企画・運営を経験した後、作業療法士となる。心身が低迷する方たちの気力を高めるためには、ケア力だけでなく、環境力との掛け合わせによる相乗作用が不可欠だと痛感する。「心が生き続けること」を根幹に据えた医療福祉の環境デザインを考えるエンプラス株式会社を2011年設立。人が行動する最も強い動機である感情が動くことを軸とした、「感情環境デザイン」を軸に介護施設のプランニングなどを手がける。

柴田 木綿子Yuko Shibata

建築家/しばたゆうこ事務所代表、合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。