IDEA
なぜ尾道でホテルと高齢者施設なのか?
—株式会社ゆず 川原奨二インタビュー
Interviewee:Shoji Kawahara Interviewer:Yuko Shibata Writer:Hideto Mizutani
「坂の街」として有名な尾道ですが、美しい街並みを形成している斜面地は徒歩でしかアクセスできないような土地が多く、高齢になった居住者が住みづらさから家を手放すことが増えています。
産業面では、近年、宿泊・飲食サービス業が好調で、日帰り観光地のイメージを払拭しようとしています。また、高齢者施設に関わる医療・福祉分野では、従業員数が突出して増加しており、尾道市の雇用を支える重要な産業となっています。
今回は、そんな2つの領域を横断して作られた「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」と「ゆずっこホームみなり」を運営する株式会社ゆずの代表、川原奨二さんに施設づくりについてお話を伺いました。
川原さんのお話には、かけ算で生まれる事業の広がりから、ビジョンに沿った組織づくりまで、たくさんのヒントが詰まっていました。
この記事は『尾道のおばあちゃんとわたくしホテル──ひとつの敷地に共存する小規模多機能居宅介護とホテルが作る地域との繋がり』と合わせてお読みください。
高齢化が進む「坂の街」
——はじめに、尾道における高齢化の現状を教えてください。
尾道は東京よりも高齢化が進んでいて、高齢化率は約36%(注:2020年)。また、2025年前後を境に高齢者数が少しずつ減っていくとされており、基本的に高齢者施設の新設はしないというのが尾道市の方針です。
市内の各地域に目を移すと、尾道市と四国の今治市を結ぶしまなみ海道という道路があります。しまなみ海道上の因島や生口島といった離島では、高齢化率が40〜50%です。また、やまなみ街道という尾道から山陰へ続く山道もあります。この道沿いの地域も高齢化率が40%を超えています。
画像上:尾道の市街地を傾斜地の中腹から見る
画像左:徒歩でしかアクセスできない住宅地
画像右:坂の上まで階段が続く道路
——尾道に降り立ってみて、山と海に挟まれた土地なんだと感じました。坂が多く、車がないと生活するのが大変そうですね。
まさにその通りです。尾道でこういったホテルを始めるとなると、旧市街地を選ぶのが一般的ですが、私たちは山側の比較的のどかな場所を選びました。私たちの施設はスローラグジュアリー、ゆったりとした時間を感じてもらうことがコンセプトです。何かに疲れてしまった人たちが集ってくれると良いのかなと。
——高齢者施設を新設しないという自治体の方針の中で、株式会社ゆずはどのように展開しているのでしょうか。
私たちの会社はまだ歴史が浅く、2014年に尾道市の三成(みなり)エリアで初めての施設を開業しました。おかげさまで創業から現在にかけて、複数の施設を開業することができています。
私は、認知症の人が社会で孤立して、当たり前の暮らしを送れない問題を解決したいと思っていました。そういった問題意識から、当初はグループホームを中心に事業を展開していました。
——もともと、小規模多機能型居宅介護を手掛けていたわけではないのですね。
そうなんです。しかし、グループホームを運営しているうちに、施設内で良いサービスを提供するだけでは、利用者が安心して暮らすのが難しいと考えるようになりました。地域のまちづくりにコミットして、地域自体が魅力的にならないといけない。その一環で、新たな高齢者施設の形を模索し始めました。
「ゆずっこホームみなり」は新たな形のひとつで、小規模多機能型居宅介護という在宅の人たちを支える施設です。グループホームに入らなくても、まだまだ地域で頑張りたい人のためにサービスを提供しています。
少し離れた別の地域では、高齢者と子どもの交流の場を作ることが地域に貢献すると考えて、グループホームと保育園の複合施設を作りました。
ホテルと高齢者施設の相乗効果を狙う
——ホテルのほうには専属のスタッフを置かれているのでしょうか。
将来的には専属スタッフを置きたいですね。現在は施設の職員2名が兼務で入っています。ひとりが営繕、もうひとりが事務を担当していて、2人チームでやっています。
スタッフには、施設の利用者だけでなく、一般のお客さんも泊まっている感覚を身につけてほしいと伝えています。自分の対応一つで、外部からの見られ方も変わってくる。介護で忙しいかもしれないけども、お客さんをもてなすことを真剣に考えてもらいたいですね。
——ホテル専属のスタッフが置かれているわけではないと聞いて、逆に豊かさを感じました。ホテルと高齢者施設の相性の良さが出ているなと。
たしかに両者の相性は良いかもしれませんね。以前、ホテルのお客さんから「職員さんと尾道のおじいちゃん・おばあちゃんが出迎えてくれて嬉しかった」という声をいただきました。スタッフだけでなく、施設の利用者とホテルのお客さんが接することで、独特の体験が生まれているように感じます。
ホテルは、施設の利用者家族が看取りや面会するときに使うことも想定しています。例えばターミナル期など、介護・看護サービスが必要な人と一緒に素敵な時間を過ごしてもらいたいです。
——ホテルと高齢者施設を一緒に運営することで、スタッフが施設の外の目を意識するようになりそうですね。それが施設の透明性の高さににつながるのかもしれません。
敷地内にある路地は、ホテルのお客さんや施設の利用者だけでなく、地域の人が通っても良い作りにしています。また、実は隣のコンビニから施設を見ると、中が丸見えなんです。地域から見られてもちゃんとしている施設にしたいと思って、あえて外から見えやすい施設にしています。
ホテルのお客さんには、物干しや水やりをしている利用者の姿を何気なく感じてもらいたいです。高齢者施設は閉塞感が強いイメージを持たれがちですが、ここでは利用者がいきいきしている様子を見ることができる。ネガティブな印象を払拭していきたいですね。
施設づくりを支えたプロ集団
——この施設を作られる前にも複数の事業所を展開されていましたね。今までの施設設計を通じて何か感じたことはありましたか。
以前、別の事業所をつくったときに、私たちのビジョンが作り手に伝わりづらいことがありました。例えば、窓が小さく日の光が入りにくい空間といった、利用者の生活の質が上がりにくい施設ができてしまう。これが自分の中では衝撃で、何とか変えたいと思っていました。
——この施設を見ていると、細かな部分でも高齢者のことが考えられているように思います。建築の設計者だけでは、なかなか実現することは難しいかもしれません。
私たちは大企業に比べたら本当に小さなチームで、普通のことをやるだけではすぐ飲み込まれてしまいます。加えて尾道では近い将来、高齢者が減ります。大規模な施設にはない自分たちの強みを持っていないと、この逆境は乗り越えていけません。
自分たちの施設に自分が入りたい、親を入れたいと素直に言えるために、コンセプトから空間まで細かな部分を意識しています。また、私たちは一つの施設を作る時はチームで動きます。介護の専門家やデザインの専門家、言葉の専門家などがそれぞれ力を合わせてチームを作っています。
この施設で働いている人も当然プロジェクトに参加します。だから、自分たちの建てた建物に対する愛着をすごく持っていると思いますし、オープン1年前から動き始めて、実際にその施設で働く意味はとても大きいです。
地域に活用される施設を目指す
——まだ施設の開業から間もない時期ですが、今後の目標や展望を教えてください。
まずは、地域の人たちともっとコラボレーションしたいです。地域全体を巻き込んだイベントを催すだとか、近所のレストランなどと組んで何かできないかなと考えています。また、地域に還元するという意味では、平日に施設で利用している送迎車を、土日はレンタカーとして活用しても良いかもしれません。
長期的にはここを「コミュニティ」の拠点にしたいです。例えば、建築や介護の人が集まって、議論を交わすのも良いでしょう。毎年全国からいろんな人が集まって、セミナーやディスカッション、飲み会で盛り上がっても良いかもしれない。頑張っている人に、何らかのエネルギーを与えられる場所を作れたら良いですね。
川原さんのお話を伺うと、その土地の観光産業を高齢者施設が担うことが決して不自然ではないことに気づかされます。分野の横断によって、既存の枠を超えたサービスや特別な体験を作り出せることを、ゆずの活動は示唆しています。また、企画の段階から様々な視点で議論できるチームを作りあげることも、こういった建設プロジェクトに挑戦する上でとても重要なことなのだと教えてくれました。
空間だけでなく事業の垣根も越えていく姿勢。それによって人が集い、活気が伝播し地域を包み込むような、そんな予感を感じさせます。