IDEA
教えて!感情環境デザイナーさん
——設計見てもらえませんか?その3:デザインレビュー後半
Interviewee:Satoe Sugimoto Interviewer&Writer:Yuko Shibata Design:Yuko Shibata Architects
前回に引き続き、杉本さんを聞き手として、残りの提案を詳しく説明し、その協議の中で抽出された改善点を反映した5つの最終案を最後にご披露します。
このスタッフステーションはユニット型特別養護老人ホーム[※1]の1ユニットに設置することを想定しています。
[※1]ユニット型特別養護老人ホームとは、定員15人以下を1ユニットとした個室ユニット型施設です。
この記事は『教えて!感情環境デザイナーさん——設計見てもらえませんか?その1』と『教えて!感情環境デザイナーさん——設計見てもらえませんか?その2』合わせてお読みください。
その4「みんなでわいわい 屋台型キッチン&ステーション」
柴田:生活共同室に賑わいを演出することを目的とした提案です。屋台型キッチンカウンターが活気のある景色を演出します。この屋台には様々な機能が集約されており、それが人々が集まるきっかけとなり、利用者と介護者が一体となって交流できる場を提供します。
キッチンカウンターの延長に、執務コーナーを作り、壁側に事務的な収納も備えました。また、執務コーナー周囲は、共同生活室から雑多なものが見えないように立ち上がりを設けています。「ぽいぽいカウンター」は、ぽいっと放り込めば隠せる簡単な収納スペースとなっています。
杉本:この提案は、退屈になりがちな施設によい刺激を与えてくれる予感がします。イベントや四季を感じるきっかけを作りやすく、興味深いです。欲を言うと、この屋根の部分にのれんやメニューなどを引っ掛ける仕掛けがあると、日常的にイベントをしやすくなっていいですね。ぽいぽいカウンターも、立ち上がりで隠れるだけで散らかった雰囲気を解消できるので、素晴らしいアイデアだと思います。ただ、薬のストックスペースが、執務コーナーにもう少しあるといいですね。
ひとつ気になる点は、壁にあるホワイトボードの向きです。現在の向きでは、日常的に利用者に見えてしまい、事務的な雰囲気を共同生活室に醸し出してしまいます。
柴田:ではこの、ぽいぽい収納の立ち上がりの上に執務コーナー側に表になるようにホワイトボードを吊るというのはどうでしょうか?
ホワイトボードの位置の改善案(執務スペースのパース)
杉本:いいですね!共同生活室側のボードはイベントのお知らせや季節感のあるものを貼ったりして、利用者を「その気」にさせるような演出ができますね。あとは、サイドカウンターはもう少し奥行きを確保し、ビュッフェスタイルなども可能になると、屋台型というのがさらに生きる気がします。この近くにコンセントも必要ですね。ホットプレートで利用者さんと料理するのも、楽しい余暇活動になります。
その5「両側使い ライブラリー型ステーション」
柴田:共同生活室と浴室やトイレの間に置かれたこのステーションは、かつて私が、高齢者施設の設計をしていた際、施主から「トイレや浴室の入口を直接見えないようにして欲しい」と要望があったのを思い出し、それを実現するために考えた提案です。このステーションは、共同生活室からの視線を遮るだけでなく、介護業務の多い諸室(共同生活室・トイレ・浴室)の中心に拠点を置くことで、記録作業などが近くで行え、スタッフの移動距離を減らすことができます。
内側は、執務や配薬ができるスペースなどが手狭に集約されています。特徴的なのは、配薬カートを収納できる点です。収納すれば、内側の配薬コーナーで薬のセットが行えます。
また、外側の短手側には「誰でもお掃除コーナー」や利用者向けのライブラリーを備えています。回転式ホワイトボードは、内部が混み合う場合に、開けて外部から書き込むなどの利用方法を想定しています。また、開いて利用者向けのお知らせ用にも活用できます。
杉本:まず、浴室などを見せたくないという感覚は理解できますが、自力で行ける利用者にとっては、場所がわかりやすい方が親切だという側面もあります。実際に、浴室などの入口にのれんをかけるなどして、一目その場所の用途が分かるようなしつらえにすることで、利用者が主体的に利用しやすく工夫をすることもあります。大切なのは施設の種類や使われ方によって、最適解が異なるということです。前述のお施主さんの要望はその施設では必要だったのかもしれませんが、介護に関する考え方や働き方によっては逆に不要にもなり得ます。そういった点は設計をするにあたり、すり合わせを十分にしたい部分ですね。
この提案の場合、通路幅が120cmと充分な寸法が確保されているので、共同生活室から浴室などの場所が明確に把握できるようなサインなどを壁面に配置すると、利用者にも場所がわかりやすくなり、良いと思います。
また、執務コーナーは利用者の「見守り」をしながら作業を行えるようにするため、小さな窓があいていると良いですね。ライブラリーは、利用者が利用しやすいように、位置を下げるなどの配慮が必要です。車椅子でも利用しやすいのが理想です。
柴田:例えば、この壁のところに表紙が見える形で、陳列できるライブラリーはどうでしょうか?
ライブラリーの改善案(共同生活室側のパース)
杉本:とてもいいと思います。ステーションの外側は利用者の利便性を考慮し、内部はスタッフが使用するものと明確にわけることで、利用者にとっても使いやすい環境になります。高齢者の中にはふらつきやすい方もいるため、立ち止まって片手で本を開くことができるように、要所要所に体を支えられる手すりを設置すると、ライブラリが利用しやすくなると思います。
配薬カートについては、施設の種類や使い方に応じて必要な容量が異なります。例えば、今回のようにユニット型特別養護老人ホームの場合でも、これを2ユニットで共有するのか、各ユニットに1つずつ配置するのかによっても、違いますよね。さらに、医療依存度の高い施設、例えば、看護小規模多機能居宅介護などでの利用を想定すると、配役カートの役割はより重要になります。薬だけでなく血圧計なども一緒に運べると、業務をまとめることができて便利だと思います。また、デイサービスにおいてもこの提案は需要があると思います。
では改善点を反映した最終案をご紹介していきます。
その1「バードハウス型 スタッフステーション」
📌改善点📌
1.高齢者の身体機能に配慮して、ソファはテーブルの両側に配置
2.薬のセット作業を効率化するために、薬棚をテーブル付近に移動
柴田:上記の改善点の他に、「コンシェルジュテーブルという名前はスタッフと利用者を分断している感じがする」という指摘があったので、「お互いに心地良く」という意味を込めて「コンフォテーブル」と名付けました。テーブルは横にソファを追加しただけでなく、車椅子の利用者も使いやすいように、テーブル下をオープンにしました。
杉本:対面というのが難しいという心理状態の高齢者も多く、こうやって同じ方向を向いて座り、なんとなく一緒に過ごすことができるのはとても良いと思います。こういった施設では長時間を大人数で過ごすので、他者との心理的な距離を保つために、椅子の配置がとても重要だと考えられています。精神科では精神的につらい場合、横並びか90度に座ります。高齢者施設ではこれに聴覚の問題なども加わるので、椅子や座る場所に関しては念入りに検討します。
その2「みんなで協力 P字キッチンステーション」
📌改善点📌
1.薬の棚は日常的に見えないように不透明な扉に変更
2.食器棚の扉は透明・不透明で利用者用・スタッフ用を分類する
3.配膳作業がしやすいようにサイドカウンターの奥行きを広げる
4.配膳台をキッチンカウンターの並びに設置
5.食洗機はシンクから作業しやすい位置に移動
6.カートが収納できるスペースを作る
7.スタッフスペースの棚は可動棚に変更
柴田:2の食器棚の扉に関してですが、目の高さの棚は利用者用として透明な扉に、上と下の棚は不透明な扉にして、そこをスタッフ用の棚にしました。4の配膳台は、サイドカウンターと同じ高さのスペースをさらに広げて解決しています。
杉本:キッチン周りは、利用者が積極的に使うような場合と、スタッフが全ての作業をするような場合で必要な寸法が異なります。施設の特性に合わせて、充分な協議が必要な部分です。この提案では、利用者が生活リハビリを行うことを前提としているので、サイドカウンターはイベントや利用者の利便性を考慮して、現在のように大きい方が良いでしょう。要介護度の高い利用者がいる特養などでは、スタッフが全ての作業を行うため、省スペースな設計が適しているかもしれません。
最近の傾向として、スタッフの作業スペースがキッチン周辺に集約されることが多くなりました。スタッフは利用者の見守りをしながら作業したいというニーズがあるので、利用者が近くで過ごせる環境にすることが望まれています。ですので、キッチン周りに関する要望が細かくなってきています。例えば、タブレット端末を使いやすいように、コンセントだけでなく、タブレットを簡単に収納できるポケットスペースなどの要望も出てきています。
その3「なんでもぽいぽい 隙間パーティション」
📌改善点📌
1.カートが収納できるスペースを作る
2.作業用ハイカウンターを広くする
3.薬棚の容量を増やす
4.掃除機が立てかけられるように、下の棚板をとる
5.ホワイトボードを使いやすい場所に移動
柴田:2の作業用ハイカウンターは、ラップトップとノートが並べて置けるサイズに変更しました。5のホワイトボードに関しては、この家具には組み込まず、反対側の壁に取り付けることで使いやすくなりました。そして、ホワイトボードがあった場所に薬の棚を増設しています。
杉本:良いと思います。回転する薬のケースの着脱方法についてですが、マジックテープでは耐久性が低いので、ひっかけるような仕組みの方がより確実ですね。ステーションの外側は、お知らせしたい掲示物を貼る情報の壁として、また季節やその場所を予感させるポスターを貼るなど、高齢者の認知機能をサポートする壁としての役割を持たせるのも良いと思います。
その4「みんなでわいわい 屋台型キッチン&ステーション」
📌改善点📌
1.利用者から見えにくい位置にホワイトボードを移動
2.屋台に演出用にフックなどの仕掛けを設置する
3.ビュッフェ等もできるようにサイドカウンターの奥行きを広げる
4.薬のストックスペースを増やす
柴田:上記の改善点に加えて、執務コーナーの棚の部分に立ち上がりを追加し、外側から見えづらくしました。また、2の改善点では、メニューやのれんなどをひっかけられるようにパイプを取り付けました。
杉本:私は高齢者施設には舞台美術のような要素が必要だと考えています。同じ空間で長期間を過ごすため、変化が少なくなり、利用者の心を刺激する要素が不足しがちです。さらに、認知症が進行すると、言葉の理解が難しくなったり、伝えた情報をすぐに忘れてしまうため、イベントまでの楽しい時間を維持しづらくなります。ですので、空間演出によって今から何が始まるのか、予測を視覚的側面からサポートできることは、不安な高齢者に安心感を与えます。それはさらに、スタッフの心的負荷、労力負荷の軽減にもつながります。
その5「両側使い ライブラリー型ステーション」
📌改善点📌
1.外側全体がライブラリになるように変更。適宜手すりをつける
2.執務作業しながら見守りできるように小窓をつける
3.配薬カートで血圧計なども一緒に運べるように変更
柴田:上記の改善点の他に、「ぽいぽい収納」は配薬カート上部の棚に移設しました。配薬カートを引き出す際に、収納に収めた血圧計などのアイテムを一緒に持ち運びしやすいです。
1の改善点では、長手方向では表紙を見せる陳列、短手方向では多くの本を収納できる本棚を設置しました。本棚の最上段は斜めになっており、開いたまま本を置いて読みやすくなっています。また、開口部の下部に手すりを設けました。
浴室側の長手方向も共同生活室側と同様の構造になっています。これにより、ただの通路がライブラリー空間となり、効果的に活用できるようになりました。
杉本:浴室側は、利用者やスタッフがおすすめの本やCDなどを紹介するコーナーとして活用するのはいかがでしょうか?一緒に生活するだけでは知り得ない利用者やスタッフの好みや趣味を共有し、お互いをより深く理解するきっかけが作れます。人間関係が新たな意味で広がる予感がしますね。
今回の企画では、「与件を引き出す・与件に沿った提案をする・改善点を抽出する・改善点を修正する」という実際の設計の場でも使用される手順を用いて協議を行いました。架空のプロジェクトを通じて検証や提案の転用性を考えることで、通常の設計協議よりも広範な議論が可能となり、利用者の生活やスタッフの働き方など、詳細な側面にも十分な注意を払うことができました。また、経験豊かな杉本さんの指導により、「協議すべき重要なポイント」を明確にすることができたのも今回の成果です。
この架空の設計で得られた知見を、ぜひ皆さんの施設設計に有効活用してください。