RESEARCH

望まない孤独・孤食を予防する「タノバ食堂」
〜TanoBa合同会社 宮本義隆インタビュー〜

Interviewee : Yoshitaka Miyamoto Interviewer&Writer : Yuko Shibata

総務省統計局「国勢調査」(2020年)によると、単身世帯は全世帯の約38%を占め、もっとも多い世帯形態となっています。孤食は「栄養の偏り」や「孤独感」を招き、健康状態の悪化につながる恐れがあり、今後の社会における大きな課題のひとつとされています。

この問題に取り組んでいるのが、宮本義隆さんが率いるTanoBa合同会社です。彼らが運営する「タノバ食堂」では、異なる世代や職業の人々が初対面同士で食卓を囲み、ゆるやかなつながりを育むことで「望まない孤独・孤食を予防する」ことを目指しています。予約制・自由価格制を採用し、参加者が自ら支払額を決められる仕組みを導入。メニューも固定せず、その時々で柔軟に変化します。こうして生まれるのは、自由で開かれた“もうひとつの場”です。

運営は、お寺の施設を借りることで成り立ち、企業から寄付された野菜も活用。売上は運営費や食材費に充てられ、持続可能な経済循環を実現しています。

かつて電通の子会社で社長を務めていた宮本さんが、退職後にエプロンを身に着け、望まない孤独と孤食という課題に向き合うようになったのはなぜなのでしょうか。そして、この2年弱の活動を通じて見えてきたものとは――。お話を伺いました。

将来の自分の孤独の受け皿をつくる

ーーまず宮本さんの経歴を教えてください


僕は学校を出てから25年間はサラリーマンで、その間に会社は5つぐらい変わりました。職種としては、セールスから始まり、最後は経営まで、一通り経験しました。サラリーマンなので、ずっと雇われて働くっていう働き方で、振り返ってみれば、特にその中で何かあったということもなく、ただのサラリーマンでしかないという25年間でした。


ーーこの活動を始めた背景はどういったものですか?


サラリーマンを続けた結果、その働き方自体が嫌になってしまいました。最後に勤めていた会社で早期退職制度があり、特にやりたいことがあるわけでもないまま退職しました。残りの人生は自分の時間を大切にしよう、そう考えたからです。

退職後しばらくして、個人事業主として仕事を始めましたが、それも結局は「時間の切り売り」であり、大きな意味を見いだせませんでした。「他にできることがあるのではないか」と考えていた時、妻や元同僚の多田さんと話す中で、「会社をつくってみよう」という話になったのです。

左から共同創業者の多田大介さん、宮本義隆さん、細野桃子
※宮本さんと細野さんはご夫婦

何のために会社を作るかを考えた時に、3人の共通テーマとして「孤独を予防する」ということが浮かび上がりました。そこから、それを目的とした会社を作りました。そんなとき、フランスの NPO Les Petites Cantinesの活動を紹介するネット記事を教えてもらったのです。小さな食堂を拠点に、人と人とがつながる取り組みでした。それを見た瞬間、「ああ、これだ」と、ひらめきのような感覚がありました。そこから「これを日本でも実現しよう」と考え始めたのが、この食堂の原点です。

タノバ食堂の会場となる一室。奥には座席が、左手には受付があり、参加者はまず名札を作ってから席に着きます。

ーー「孤独を予防する」という言葉が、お三方の中で共通のテーマになったのは、何か背景があったのでしょうか?


うちは夫婦で子どもはいませんし、多田さんも独身です。年齢が50歳を超えると、将来どうするのかを考えざるを得なくなります。夫婦の間でも「どちらかが先に亡くなったらどうするのか」という話はよくします。いずれ必ず向き合わなければならない問題なんですよね。

そのときに思ったのが、「家族という枠を外せば、何かできることがあるかもしれない」ということでした。毎日一緒に暮らす関係でなくても、例えば月に一度、知らない人と集える場所があるだけで、孤独は軽くなるのではないかと。そういう時間が生活の一部となり、心の支えになるかもしれない。

ただ、そういう場は個人の力だけでは実現できません。協力し合い、仕組みとして社会に根づかせていくことが必要です。それがあれば、仮にどちらかが亡くなっても「大丈夫」と思えるかもしれない。

つまり、この活動は私たち自身のためでもあり、同じような不安を抱える人のための「社会装置」として育てていきたいんです。私たち自身もその利用者になれるような、孤独を予防できる世界を目指しているんです。

ボランティアとして参加する料理人たちは、それぞれが自分の役割を見つけ、自発的に動いています。

±0の営利活動が支援されない問題

ーー龍雲寺のこの施設に間借りをするに至った経緯を教えてください。


いろいろな場所を探しました。もちろん賃貸も検討しました。ただ、賃料が発生すると自由価格制が維持できなくなってしまうんです。結果として定価を設定し、「この金額以上をお支払いください」という形にせざるを得ない。そうなると、当初掲げていたコンセプトから外れてしまうんですよね。

タノバ食堂の特徴についてお話しすると、多くの人は「福祉の仕事」や「ボランティア活動」だと受け取ることが多いんです。でも、タノバ食堂はそことは少し性格が違います。僕らのコンセプトは「経済的な自立を仕組みとして持つこと」であり、位置づけとしては営利活動なんです。


ーー公民館のようなスペースは検討されましたか?


検討しましたが、公民館は使えませんでした。僕たちの活動が営利活動と見なされるからです。タノバ食堂は「商売の形」をとらなければ成り立ちませんが、利益を個人の懐に入れているわけではありません。それでも利用はできません。

ここで気づいたのは、市場経済と公共施設は一見つながっているようで、実際にはまったく回路が開かれていないということです。僕らが目指す「コミュニティを経済的な仕組みと結びつけて継続させる」という発想は、公共施設の枠組みでは許容されにくいのかもしれません。

活動を続ける中で感じるのは、行政が「福祉」に抱くイメージです。彼らにとって福祉は「施し」の延長にあり、それなら税金でつくった施設を貸してもよい。でも、市場経済のルールに基づいて行政と正面から関わろうとすると、急に及び腰になる。表向きには「支援します」と言いながら、実際にはその仕組みを避けているのではないかという疑問ももっています。

ーー自由価格制というのはそもそも最初の方にあったということですね。


これは非常に重要なコンセプトで、実はフランスの NPO Les Petites Cantinesも最初に強調している点なんです。僕らもその姿勢に強く共感し、彼らの精神的な理念を手本にしています。

例えば「自由価格制を定価にする」とした瞬間、周囲にたくさんある普通の飲食店と同じになってしまいます。そうなると「なぜわざわざやるのか?」という話になってしまう。だからこそ、この仕組みを真ん中に据えることが最も重要なんです。

厨房では料理を通じて会話が生まれ、交流が深まっています。画像中央のボランティアの女性は「宮本さんと同じような経験から『少しでも力になれれば』と思い、仕事で培った調理技術を活かしてボランティアに参加しました。仲間と想いを共有しながら料理を作り提供する時間は、毎回大きなやりがいを感じます。さらに、食事に来てくださる皆さんとの交流も大きな楽しみのひとつです。」と話します。

ーー赤字でもなく黒字でもないということなんですか?


「いってこい[※1]」です。

会計的に言うと、損益計算書(PL)の中には売上、原価、一般管理費などが並び、最終的に営業利益が出ますよね。僕らの食堂では、その営業利益がゼロでいいと考えているんです。

食堂を運営するには「宣伝をする」「場所を借りる」「仕入れをする」など多くの仕事があります。本来であれば、そうした労力に対して人件費として対価を支払い、その費用を売上でまかなうのが理想です。ところが現状では人件費はゼロ計上になっていて、営業利益が出たり出なかったりという状態です。本当はきちんと人件費を計上すべきなのですが、まだそこまで仕組みを整えられていません。

一方で、野菜の寄付[※2]によって原価を抑えられています。その分が人件費として還元されれば、運営を担う人の報酬につながり、より健全な形になるでしょう。そうなれば、他の地域でもプレーヤーが揃えば仕組みを移植できると思います。とはいえ、現状ではまだ難しい。キャンセルや参加者数の変動、仕入れ数のブレなどがあり、素人の運営ゆえに収支は乱高下してしまいます。

テーブルに整然と並んだ食材たち。8人の料理人が活動する当日でも、広々とした厨房の設計がその動きをサポートしています。

※1:会計上の収支がプラスマイナスゼロになることを意味します。
※2: 一部の野菜は、農産物流通を営む株式会社坂ノ途中からの寄付によるもの。同社では、出荷が見合わせられるなどして余剰となった野菜をタノバ食堂にお裾分けをしています。

活動2年弱で得られた気づき

ーーメニューも毎回違い、それも楽しみのひとつになっていますね。


そうなんです。しかも、ボランティアの人たちは「料理をつくること自体」を楽しみにして関わってくれている。もし運営側が機械的に彼らの労働力を搾取するような形になれば、この場そのものが成立しなくなってしまいます。彼らには役割があり、それを楽しんでいるからこそ成り立っている。そこを奪ってしまえば、活動の意味が失われてしまいます。


ーーお客さんはどんな人がいらしてますか?


近所の方から、随分遠くの方まで様々です。町会長さんも参加されていて、同じ世代の方に、「たまの土曜日の昼ごはんぐらい、飯作らずに旦那を連れてくればいいじゃない」と、声を掛けてきてくださってますね。なるほど。そういう利用の仕方もあるのかと(笑)

毎月タノバ食堂を楽しみにしているという80代のご夫婦。生まれ育ったこの地域に今も暮らしていますが、「ここで会う方には、ご近所でお見かけすることは少ないんですよね」と語ってくださいました。ほかにも、病気で早期退職されたご主人と奥様が、社会とのつながりを求めて一緒に参加されていました。

ーーボランティアはどうやって集まるんですか?


まずは、お友達の友達です。もうひとつは、食堂に食事に来て、料理人をやりたい人たちが自然と増えていっています。 特に頑張って集めようとしたことはないです。今ボランティア料理人は全員で15人くらいです。


ーー運営を始めて2年弱経ちますが、運営を始めて起こった意外な効果などありますか?


一番驚いたのは、「意外とこういう活動に関心を持つ人がいるんだ」ということですね。

始めた当初は知り合いを呼んで、なんとか成立させていた食堂が、徐々に認知度が上がり、今では全く知らない人が“別の世界”から訪れてくれるようになりました。

この施設には多くの食器が備えられており、活動を円滑に進めるうえで役立っています。

さらに嬉しいのは、皆さんがこの食堂のコンセプトに共感してくれることです。潜在的にみんな孤独やつながりの問題を感じているんだな、と実感しています。

一方で、僕ら自身の課題として感じているのは「男性の参加者をどう増やすか」ということです。今の参加者は圧倒的に女性が多い。ニュースなどで「孤独死する男性」の話を聞くたびに、なぜそうなってしまうのかという疑問が頭から離れません。

男性がこうした場に足を運びにくいのは、どこか堅苦しい印象があるからかもしれません。その壁を少しでもやわらげるために、この「食堂」という仕組みが役立つのではないかと考えています。どうすれば男性も気軽に来られるのか、いま試行錯誤しているところです。

ファシリテーションをあえて手放す

ーーみなさん、知らない参加者と和気藹々と食事されていますけども、この状況が成立している、その裏にどんな仕掛けがあるんですか?


最初はこちらも肩に力が入ってしまって、「なんとかみんなを仲良くさせなきゃ」と思い、会を仕切ろうとしたことがありました。でも、それは逆効果でした。ほっとくのが一番。

今の形に落ち着いたきっかけは、「毎回自己紹介をしましょうか」と試みた時でした。場がしんと静まり返ってしまって……。その後、参加者である町会長さんから「あんなことやられたらしんどいわ」と言われて、「ああ、そうだよな」と腑に落ちたんです。それで仕切るのをやめました。

すると、ご飯を食べながら、知らない人同士でも自然に会話が生まれていく。余計なことをしなくても、場に委ねればちゃんと機能するんですよね。だから今は「みんなでいただきますを言う」以外は特に仕切らない。最後は「終わりです」と言って解散するだけ。でもそれで十分で、皆さん口々に「楽しかった」と言い、笑顔で帰っていく。これが一番いいんだと思っています。

食事の最初には、まずは宮本さんから料理の説明。素材の話から食べ方まで。話し上手な宮本さんの話で、参加者の笑顔が溢れる瞬間。

ーー主体的な参加を促す時に、仕切らないというのはよく聞きますね。


僕らがつくろうとしているのは、「理想のコミュニティに必要な仕掛け」です。別に僕でなくても、仕組みさえあれば、誰かがやりたいと思ったときに自然と回るはずで、それを証明したいんです。

場の仕掛けさえあれば、みんなが主体的に関われるようになります。そうなれば、主催者と利用者という関係は消えて、誰もがフラットに「この場所の一員」になる。「私もこの場をどうしたいかを言う権利があるし、言っていいんだ」と思える。それこそが主体性であり、コミュニティに必要なものだと考えています。そして、その主体性が自然に醸成されていくようにしたいんです。

だからこそ、お金のこともすべてオープンにしています。便利な仕組みを用いて透明にすることで、信頼と主体性を後押しできると信じているからです。

タノバ食堂に掲げられている「タノバ食堂の憲章」には、この場でのふるまいや食堂の意義が記されています。そこには、普通のレストランとは違う、タノバ食堂ならではの思いがあります。

タノバ食堂の目指すところ

ーーこれからのこの活動の展望を聞かせてください


まず1つ目の目標は、活動の参加者を増やし、会員組織のような形をつくることです。続けてみて分かったのは、いまの場の関係性が「お客さん」と「料理人」にとどまっている点です。参加者の多くは「楽しくおしゃべりできる場所」として来ており、必ずしも私たちの目指す「孤独の予防」というテーマに共感しているわけではないかもしれません。もちろんそれで良いのですが、より先を目指すためには、この活動の趣旨に共感してくれる人と一緒に会員組織をつくり、場を盛り上げていくことが必要だと考えています。

この日のメニューは、メキシコ料理のタコス。タノバ食堂では、基本的に大皿に盛り付けた料理をみんなでシェアするスタイルで食事を楽しみます。

ーー参加者と「将来の孤独を防ぐ」というテーマを共有するということですね


この場を「社会に必要な装置」として共有し、「目に見えないみんなの財産」と考えられる人たちと一緒に取り組みたいのです。そういう人がどのくらいいるのか、そしてその仕組みがスケールするのかは、実際にやってみないと分かりません。だから今は、とにかく毎月この場を続けていくことを大切にしています。

将来的には、全国のさまざまな地域に仲間が生まれ、私たちが積み重ねてきた方法を共有し、それぞれの地域で主体的に活動が広がっていくような姿を描いています。

もちろん、それは市場経済ともリンクさせながら成り立たせる必要があります。ただし、誰かが一方的に利益を得るためではなく、「自由価格制」という原点を守りつつ、循環していく仕組みとして広げていきたいのです。

タノバ食堂が間借りしている龍雲寺会館の2階フロア図です。トイレも同じフロアにあり、来場者は厨房内の手洗い場で手を洗ってから食事を始めます。

今回この活動を取り上げたのは、近年、介護事業者が「まちづくり」を主導しようとする動きが見られるからです。地域で高齢者の生活を支えるうえで、介護事業者が中心となるのは自然な流れとも言えるでしょう。

公民館と同様、本来はまちづくりの拠点となるはずの特別養護老人ホームの地域交流室ですが、実際には十分に活用されず、閑散としている様子もしばしば見受けられます。その背景には、地域交流室が「非営利利用」を前提としているため、活動の幅が制限されているという課題があります。結果として、同じ課題に取り組むタノバ食堂のような活動であっても、施設とのあいだに隔たりが生まれてしまうのです。

一方で、「材料費程度の参加費徴収であれば認められる」といった緩和策を設けている地域もあります。けれども、それだけではタノバ食堂が掲げる「経済的な自立」には到底結びつきません。

もし、こうしたルールをさらに柔軟に見直すことができれば、施設と活動者が互いに支え合い、より豊かなまちづくりを形づくることができるでしょう。そしてそれは、将来的に施設に入る前の世代にとって、生き方の指標となるはずです。

宮本義隆Yoshitaka Miyamoto

TanoBa合同会社 代表社員

タノバ合同会社代表社員・共同創業者。25年間の会社員生活を経て50歳で早期退職。2023年に仲間と共に設立したタノバ合同会社で、世田谷区を拠点に「タノバ食堂」を運営。月に一度、自由価格制で開かれる食堂は、孤独・孤立を予防する社会装置として機能し、これまで延べ500人以上が参加。活動は新聞やテレビなど複数のメディアで紹介され注目を集めている。資本主義に偏りすぎない「関係性の経済」を実践する取り組みとして、地域や世代を超えた共感を広げている。

柴田木綿子Yuko Shibata

建築家/合同会社柴田木綿子建築設計事務所代表、ことととぶき発行人
1979年滋賀県生まれ。京都精華大学芸術学部建築分野卒業。吉村靖孝建築設計事務所を経てしばたゆうこ事務所設立。建築設計にとどまらず、デザイン監修、共同研究なども請け負う。吉村靖孝建築設計事務所在籍時にシニア向け分譲マンション 「ソレイユプロジェクト」の設計を担当。独立後の養護老人ホーム設計などを経て、高齢者施設抱える様々な問題に触れる。INSIDE FESTIVAL 2011 residential 部門 2nd、Design For ASIA 2011 Merit Recording受賞。高齢者施設の設計に関わる環境を改善するため、ことととぶきを発行。ことととぶきでグッドデザイン賞2024受賞。